あなたは、誰?
「ごめんね、二人とも。手伝ってもらっちゃって」
そう言いながらも、何とか仕事をしようと足を引きずり歩く姿は何とも痛々しい。
「私たちは大丈夫ですから、ルーナさんは上で休んでいてください」
「そう? わかった、お任せするわね。何かあったらすぐ言って。本当に……ありがとう」
「いえ、困ったときはお互い様ですよ。アイリ、店番は僕がしてるから、ルーナさんを二階に連れて行ってあげて」
「うん、わかった」
私はルーナさんの手を取り、私の肩に回す。二階の居住スペースまでの階段を一段一段、ゆっくり上っていった。
レオの体調も回復し、学園に復帰して数日。
私たちは放課後デートも兼ねて、久しぶりにお気に入りの書店に行くことにした。
書店に着くと、ドアには『休業中』のプレート。
今日はお休みか、と肩を落としていると、後ろから声をかけられた。
「アイリちゃんと、レオくん?」
その声に振り返ると、足を引きずりながら歩く、店主ルーナさんの姿があった。
「お久しぶりです……って、どうしたんですか?!」
痛々しい姿に驚いて、私もレオも目を丸くする。
ルーナさんは頬に手をあてて、苦笑いした。
「実は階段から落ちてしまって。今、診療所に行ってきたところなの」
「そうですか……それで、大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫。でも二、三日はお店を開けられないと思うけれど……ああ、よかったら入らない? わざわざ来てくれたんでしょう?」
私とレオは顔を見合わせた。
ずっと行きたいと思っていて、とても楽しみにしていたけれど、怪我してお休みしているところにお邪魔してしまってもいいのだろうか。
と、悩んでいると、レオが私の心配を読み取ったかのようにルーナさんに言った。
「ルーナさんさえよければ、僕たちが店番しますよ」
「それ、名案!」
私がうきうきした声を上げると、ルーナさんは驚いたようにパチパチと目を瞬かせた。
「でも、お給金出せるほどお客さんは来ないと思うけれど……いいの?」
心配そうに顔を曇らせるルーナさんに私はにっこり笑った。
「大丈夫です! お客さんがいないときに、本を読ませてもらえるなら」
「それはもちろん構わないけれど」
「やった! じゃあ、決まりですね!」
こうして、私たちは二、三日、放課後の時間限定で店番をすることになったのだ。
ルーナさんを二階のダイニングまで連れて行くと、そっと椅子に座らせた。
「本当にありがとう。本は好きに読んでいいからね」
「はい! そうさせていただきます!」
私が満面の笑みで答えると、ルーナさんは「ふふ」と笑った。
ゆっくりと辺りを見回す。前に来たときと変わっていない。私はルーナさんにキッチンを使う許可を得て、紅茶を入れることにした。
「どうぞ、って、ルーナさん家の紅茶ですけど」
「ふふ、ありがとう」
私はコトリとティーカップをテーブルに置くと、既視感からふとここでルーナさんと話したことを思い出した。
『ルーナさんって、ずっとここにお住まいなんですか?』
そう聞いたとき、どこか寂しそうな顔になったことがあった。
私としては、いつからここで書店をやっているのかという、ちょっとした質問のつもりだった。
けれど、ルーナさんに遠くの国から来たことや亡くなった弟さんの話、この書店を引き継ぐことになった経緯など、思いがけず踏み込んだ話をさせてしまったのだ。
「ねえ、アイリちゃん」
私が急に静かになったからか、ルーナさんが私の顔を心配そうに覗き込んできた。
慌ててにっこりと微笑むと、安心したように笑い返してくれた。
「私ね、アイリちゃんに聞きたかったことがあるの」
「何ですか?」
突然、ルーナさんに質問されて、首を傾げる。ルーナさんはニッコリと微笑んだまま、私の耳に触れた。
「これ、認識阻害の魔法具よね?」
その言葉に、私の身体が一気に硬直する。
父のように相当高い魔力を持っていたり、ディルクのように魔法具を見分ける能力がなければ、そもそも魔法具を付けていることすら認識できないはずなのに。
「レオくんも同じ魔法具をしているわよね?」
なぜ、ルーナさんは認識阻害の魔法具を見抜けたのだろう。
「あなたたち、もしかして――」
私の胸の鼓動がどんどん加速していく。
「由緒ある貴族の御令息、御令嬢なの?」
「え……?」
「あら? 違ったかしら? 身分を隠して市井に遊びに来ているんじゃないの?」
私は大きく息を吸い込むと、ほぅと一気に吐き出した。悪い方に考えていたので、少々拍子抜けしてしまい、肩から力が抜けた。
「そうなんです。バレちゃいましたね」
私は付けていた魔法具を外した。
「ロードナイト伯爵の娘、アイリーンと申します」
目の前にいるルーナさんの表情が固まった。
それはそうだ。今まで仲良くしてきた相手の身分が高かったら、誰でも驚き、萎縮するだろう。
ただ、もう気づいていたようだから正体を明かしたのに、少々驚きすぎではないだろうか。
「アイリーン・ロードナイト……伯爵、令嬢……」
ルーナさんの顔は強張ったまま。
さすがに伯爵令嬢だと緊張してしまうのかな、なんて思っていたのだけれど。
「何で……あなたがここにいるの?」
まるで、私のことを知っているかのようなルーナさんの言葉に、抜けていた肩の力が再度、入る。
「レオくんの正体は、もしかして――フレデリック殿下なの……?」




