幸せな過去の真相
「闇魔法を発現? 私が……?」
クオーツ侯爵とディアーナの処罰が決まり、平穏な日常が戻ってきたと思いきや、父から聞かされた話にぽかんと開いた口が塞がらずにいると、隣にいたレオにそっと顎を抑えられた。
「前に私が闇魔法『消滅』の継承者だと話したことがあったね」
私とレオは一度顔を見合わせてから、父に向き直りコクリと頷いた。
「闇魔法の家系である以上、リニーにもその可能性があった。闇魔法の発現には特殊な要件があってね」
「要件?」
父は隣に座る母に視線を送り、母は笑顔で頷いた。
「発現の要件は――“怒り”や“憎しみ”だ」
「え……?」
私が闇魔法を発現してしまうほどの“憎悪”を誰かや何かに抱いた、ということなのか。
「これがまた厄介でね。怒りや憎しみの感情は自分でコントロールすることが難しい。だから、闇魔法を発現させた者は大抵、自身が闇に取り込まれ、ほぼ自滅する」
私はハッと気がついた。
私の闇魔法が発現したのは間違いなく、監禁され、瀕死の状態のレオを見つけたときだ。
レオを救いたいという一心で光魔法を発現させ、彼の状態が安定したのを感じた後、身体の奥底から湧き起こったあの黒い感情。
きっと、あれが闇魔法発現の瞬間だったのだ。
あの時、父は私に「発現したての力は、制御が難しい。これから学ぶといい」と言った。
そして、「今の君の力はとても不安定だ。レオナルドを救うことはできたけれど、いつ暴走してもおかしくないのだよ。それこそ、怒りに任せて使えば、大変なことになる」と私をなだめた。
あの時の私は、発現した光魔法のことを言っているのだと思っていたが、闇魔法のほうだったのだ。
父が抑えてくれていなければ、今ごろ私は闇に取り込まれていたかもしれない。
「リニー。今まで君を他家と交流させず、領地にこもらせたのは、私やマリーが側にいなければ、リニーを護ることができなかったからだ。闇魔法が何時、何をきっかけに発現するかわからなかったからね。窮屈な思いをさせて、すまなかった」
肩を落とす父に、私は大きく首を振ってみせた。
「そんなふうに感じたことなんて一度もないわ。毎日がとっても楽しくて、幸せだったもの」
全然、窮屈ではなかったし、不自由で苦痛だと感じたこともない。父や母、屋敷にくる領地の人たちとの交流でむしろ日々楽しかったのを覚えている。
父はホッと安堵の息を漏らした。
「今後の話だが。本来ならば私のようにアルカディア王国の魔法学園に通うのが一番良いのだが……今は、あちらでもいろいろあって、リニーを留学させられる状況ではない。だから、しばらくは光魔法をマリーが、そして、闇魔法を私が、直接リニーに教えることした。大変だとは思うが、リニーならできるよ」
優しく微笑んだ父に、「はい」と笑顔で返す。
「そして、レオナルド」
父は私の隣に視線を移すと、笑顔を消した。
その変化に、レオがピンと背筋を正す。一瞬で張り詰めた空気になった。
「今、君にはどの程度の浄化能力がある?」
私は思わず、レオの顔を見た。
レオはまっすぐ父を見たまま、すんなりと答えた。
「おそらく――王都全体を一度で浄化できる程度、でしょうか」
「……何だって? マリーでも二、三回はかかるぞ」
あまりの凄さに、父と母、そして、私も驚きで目を見開いた。
「目覚めてから、一度も使っていないので、定かではありませんが……以前はこんなに能力が高くなかったですから、今の力は多分、アイリーンの影響かと」
「え? 私?」
唐突に出た自分の名前に私が驚きっぱなしでいると、レオは私の方を向き、うんうんと頷いた。
「では、国王陛下には“治療時の神聖力の影響で引き出された能力”として申請しておこう。ただし、過小するから、そのつもりで」
「承知しました」
レオは今まで浄化能力を隠してきたのだ。クオーツ侯爵から逃れるために。
クオーツ侯爵が幽閉された今、もう隠す必要はなくなったし、このまま隠し続けていると、ディアーナやジルコニア公爵のように処罰を受けることになってしまう。
父は今がいい機会だと捉えたのだろう。
まさか、そんな凄い能力になってしまっていたなんて、思ってもみなかったし、多分、主人公チートだとは思うけれど。
物語の中でも、アイリーンがアラスターの浄化能力を引き出し、父親との確執を解決していたのだから、そこは物語通りなのかもしれない。
話が終わり、父の執務室から出ると、私たちは庭園にあるガゼボまでゆっくりと歩く。
目覚めて起き上がれるようになったとはいえ、まだ本調子でないレオは、しばらくロードナイト伯爵家で回復魔法を受けながら、座学に励むこととなった。
それにしても――まさか私が闇魔法まで発現させてしまっていたなんて。
今でも半信半疑だ。そんな感覚などまったくないのだから。
「何? 実感が湧かない感じ?」
私がジッと両手を見つめたままだったからか、隣に腰掛けたレオが私の手を握った。
「うん。物語のアイリーンは光魔法だけで、闇魔法は発現させていなかったよね」
「そうだったね」
ガゼボを吹き抜ける風が少し冷たい。庭園に咲く花の種類も変わってきていた。
「物語のアイリーンはアラスターと父親の確執を解消させて、聖女として光だけを見ていた」
でも、私は――あの時のことを思い出すだけで、胸が苦しくなる。
「私、あの時――レオの状態を見て、“怒り”と“憎しみ”が湧いたの。だから、私は――闇魔法を発現させてしまった。ずっと、お父様とお母様が穏やかに育てて護ってくれていたのに」
すべてを一瞬で壊してしまったような気がして。
父と母の前で我慢してた涙が溢れてくる。 私はそれが零れ落ちないようにギュッと唇を噛み締めた。
「僕はアラスターじゃないよ」
「えっ?」
レオの声に、視線を上げ、瞳を合わせる。
「それに――言ったはずだけど? めちゃくちゃ嬉しかった、って」
そう言って、レオは満面の笑みを浮かべた。




