特殊な日々と断罪⑤
ディアーナ視点です。
「どうして、こんなことに……」
ずっと、この瞬間を恐れていたはずなのに。
いったいどこで間違えてしまったのだろう。
今朝、公爵様が仕事に出かけた後、王室直属の騎士が数人やってきて、王城に来るよう求められた。
公爵様に何かあったのかと同行すると、王城の一室に通され、「こちらでしばらくお待ちください」と座るよう促された。
王城には何度か来たことがあるが、このような部屋に通されるのは初めてだった。
腰掛けた椅子は、普段使うソファーとは違い、ごわついていて、硬い。
それに騎士たちの対応は丁寧なものの、場に流れる空気は重苦しい。
シンと静まり返った部屋に自分の心音だけが大きく響き渡っているように感じた。
心臓が今にも飛び出してしまいそう。
自分がなぜここに呼ばれたのか、そして、これから何が起こるのか、まったくわからない。
ただ、この場の雰囲気から良いことではないというのだけは確か。
開けられたままの扉から一人の騎士が入室し、部屋の中にいた騎士たちに何かを伝えると、私の一番近くにいた騎士が視線を合わせた。
「ジルコニア公爵令嬢、こちらへどうぞ」
立つように促され、普段立ち入ることのない施設へと案内される。
「お連れしました」
ここまで私を案内した騎士が、立ち止まった扉の前にいる騎士へと引き継ぐ。
その騎士が扉を開くと、私は息を呑んだ。
あの物語の中の、あの挿絵。私が一番、恐れていた光景が目の前に広がっていた。
多くの貴族の目が私一点に集中している。
私は呼吸も忘れて、瞳だけを左右に振った。視線の中に最も見慣れた眼差しを見つけて、安堵からか涙が溢れる。
「お父様……」
公爵様が悔しそうに唇を噛み締め、眉間に深くシワを寄せた顔が滲む。普段の姿からは考えられないほどの厳しい顔つきに事の重大さを思わせた。
「クオーツ侯爵の証言が正しいのかどうか、御令嬢に伺うとしましょう」
静まり返った議場に響く、穏やかな声。
「ジルコニア公爵令嬢。あなたには本当に未来を視る能力があるのでしょうか?」
薄ピンク色の透き通った髪に、赤に近い桃色の瞳。その柔らかい見た目や仕草は物語に出てくる主人公にそっくり。
私は声の方向を見ることなく俯いたまま、その問いかけに返事をしなかった。
認めていいのかも、どこからどこまでをどう話していいのかも、今は一切考えられないほど鼓動が激しく脈打っていた。
「クオーツ侯爵が話していたことは事実ですか?」
侯爵様が何を話したかなんて、知らない。私はただ唇を横に引き結び、沈黙した。
しばらくして、小さく呼吸が聞こえた。
「答えられないということはすべて事実であり、共謀してガーネット伯爵令息を誘拐、監禁したと判断させていただきます」
(え……? ちょっと待って。共謀って、何? 私がアラスターを誘拐するように侯爵様に指示したと思われているの? そんなの誤解だわ……!)
「待ってください! 私の能力は本当です。そして、ガーネット伯爵令息がクオーツ侯爵令息アラスター様であることも事実です。でも、まさかクオーツ侯爵様が彼を誘拐して監禁するなんて、思っていなかったんです!」
物語が軌道を修正しようとしているのか、私が断罪される流れになっている。
でも、私は物語のディアーナのような悪役令嬢ではない。このまま何の釈明もせずにやってもいないことで断罪されるなんて嫌だ。
「ならば、その証拠は?」
先ほどまで穏やかだった口調が突然、色を変えた。私は思わず顔を上げ、その声の主と瞳を合わせた。
「え……証拠……?」
「ええ、証拠です。それがなく、あなたの言っていることだけで判断できるはずもない。本当にあなたが未来を視る能力を持っているのか、そして、ガーネット伯爵令息が本当にクオーツ侯爵令息なのか。その証拠があるからこそ、クオーツ侯爵に彼のことを伝えたのでしょう?」
今まで問われたことはなかった。信じてもらうのに、物語の中で出てきた描写や状況を話せばよかったから。
でも、今は違う。
私の知る物語にこんな展開はないし、主人公の父親の描写や人物像などわからない。ここにいる他の貴族のことも同じ。
今後、起こる出来事も、私がこれまでの物語を変えてしまったため、知るわけがない。
もしも、これから起こる未来を知っていたとして、それを話したところで“証拠”なんてどこにもない。
「まさか証明もできず、証拠もないのにクオーツ侯爵に“亡くなった息子が生きている”と、おっしゃったのですか?」
苦しそうに顔を歪め、首を振る主人公に似た紳士の言葉に、何も返すことができなくなった。
私を見つめる彼の視線は、非道な悪役に向けられるものだった。
「どうして、こんなことに……」
ずっと、この瞬間を恐れていたはずなのに。
いったいどこで間違えてしまったのだろう。
もう、何も考えられない。
証明する方法も、断罪を回避する方法も。
呆然としている間に、罪状が述べられていく。
「ジルコニア公爵は爵位を剥奪、ジルコニア公爵令嬢においては隣国アンドロスの国境近くにある修道院へと送るものとする」
最終的に国王陛下から判決を述べられた。
床の一点だけを見つめていた視線を陛下へ向ける。
先日の舞踏会で、フレディとの婚約を認めてくれた優しい微笑みが夢だったかのように、冷酷な眼差し。
大好きなフレディによく似た顔が凍てついた表情をしていることに、また視界が滲む。
もう二度と元の生活には戻れないのだと、もう二度と彼の婚約者になることはないのだと、視界を遮っていただけの涙がついに溢れ出し、頬を濡らした。




