特別な日々と祭典⑤
「アイリちゃん、そろそろ休憩しない?」
臨時店舗にひょっこり顔を出したお姉さんは、隣にある書店の店主ルーナさんだ。
豊石祭のための準備期間中、毎日のように書店に入り浸っているうちにルーナさんと仲良くなった。
最初は、その見た目年齢から店員さんかなと思っていたのだが、実際はもう少し年上で店主であることが発覚した。
「僕がいるから大丈夫。アイリ、行っておいで」
「ありがとう、レオ」
貴族が店をやっているといろいろと問題が出てくるため、私たちは認識阻害の魔法具を少々付け替えて、“アイリ”と“レオ”として働いている。
ルーナさんの後に続いて、書店の二階へと上がる。ここは彼女の居住スペースになっており、もう何度もお邪魔している私はいつものようにダイニングにある椅子に腰掛けた。
ルーナさんがティーセットを持ってくる。
「わぁ、いい香り」
「今日はカモミールティーにしてみたの」
ふふ、と笑うと、ティーカップを私の前に置いた。
猫舌の私はカップを手に取ると、香りを楽しむように一度大きく吸い込み、ふうふうと息を吹きかけた。
「クッキーもあるから、食べてね」
「ありがとうございます!」
私は石のことになると周りが見えなくなってしまうため、定期的に休憩するよう声をかけてほしいとレオがルーナさんにお願いしたようだ。
レオが声をかければいいのに、と私が言うと、「楽しそうなアイリーンを止めることなんて僕にはできない」と言われてしまった。
ルーナさんは一人暮らしのようだし、レオも知っている人だから安心なのかもしれない。
「ルーナさんって、ずっとここにお住まいなんですか?」
部屋の雰囲気から一人暮らしなのはわかる。だけど、いつからここで書店をやっているのだろうと素朴な疑問を聞いたつもりだった。
口に運びかけたカップを持つ手がピタリと止まり、ルーナさんはそのままコトリとテーブルに置いた。
「私は……ちょっと遠くの国から来たの」
カップの中の紅茶をジッと見つめて、ポツリポツリと話し始める。
「私には弟がいたのだけれど、事故に遭って死んでしまって。いなくなってから、気がついたの。もう何年もまともに話をしていなかったなって」
ルーナさんは顔を上げて、私に笑いかけた。
「幼い頃はね、とっても仲が良かったの。一緒に物語を考えて、たくさん話して遊んだわ。私たちはね、本が大好きだったの。だから、このお店に惹かれたのかもしれない」
棚に並んだ本に視線を移す。
「元々この書店は老夫婦がやっていてね。まだこの国に来たばかりで行くあてもない私に、ここを改装して住まわせてくれて。しばらく手伝っていたのだけれど、お店をやめて、のんびり暮らすっていうから、私が引き継がせてもらったの」
「そうだったのですね……」
思いがけず踏み込んだ話になってしまい、何だか悪い気がしてしまった。
◇
豊石祭当日。
魔法具や魔法石、宝石やアクセサリーは事前に準備することが多く、当日は意外と暇だ。
レオと店舗にいた私は、ガラス窓の外をぼんやりと眺めていた。外の人通りは多いが、店内は閑散としている。
「もうそろそろ店を閉めようか」
レオが閉店作業を始めた。
「まだお祭りは終わってないけど、いいの?」
「うん、大丈夫。毎年、このくらいの時間には閉めてるから」
確かに今から大切な人へのプレゼントを準備する人はいないだろう。
私も一緒に閉店準備を手伝う。
ある程度、片付いたところでレオが私の肩にポンと手を置いた。
「さあ、僕たちも祭りに行こうか」
「えっ! いいの?」
「もちろん」
「やった!」
店を閉めて、通りに出ると、先ほどまでは聞こえなかった楽しそうな話し声や音楽が至るところから流れ込んでくる。
本で読み、頭の中で想像していた世界が、今、目の前に広がっている。
私は思わず、感嘆の息を漏らした。
一通り見て回ると、辺りはすっかり暗くなり、星空が広がっていた。懸念していたことも起こらず、私がホッとしていると、隣を歩いていたレオがピタリと足を止めた。
「レオ? どうしたの?」
私が振り返ると、そこには眼鏡を外し、前髪を上げたレオがいた。
「これ、アイリーンに」
「えっ?」
差し出されたレオの手の中には、赤に近いほど濃い桃色の石が埋め込まれたペンダントがあった。
「あの人は『友愛』という意味で贈ったと思うけど、僕は違う意味で贈るよ」
「違う、意味?」
「そうだよ。石に詳しいアイリーンにわからないはずないよね?」
(他の意味といえば、『博愛』と――)
そこまで考えて、私の鼓動が速くなる。それに気がついたレオがいたずらにニヤリと笑った。
「『結ぶ愛』とか『愛を深める』だよね。ということでこれからもよろしくね、愛しの婚約者様」
そう言って、私の首に手を回し、直接ペンダントをつけてくれた。
突然の甘い攻撃に、贈られた石と同じ色に染められた私の顔を見て、婚約者様は満足そうに微笑んだ。




