特別な日々と祭典④
「今日の放課後、時間ある?」
「もちろん!」
早々にかかったレオからのお誘いに私は二つ返事で答えた。
……のだが、今日のレオは何だか様子がおかしい。何となく元気がないように見える。
「レオ、体調悪いの?」
「え……なんで?」
「いつもと違う気がしたから」
「そう、かな?」
私が頷くと、レオは小さく息を吐いた。
「詳しいことはあとで話すよ」
「わかった」
ここではできない話なのだと理解した私は、放課後まで待つことにした。
◇
「実は昨日、ガーネット伯爵家にクオーツ侯爵が来たんだ」
「えっ!?」
豊石祭の準備のため、あの魔法具店に向かう馬車の中で私は驚きのあまり大きな声を上げてしまった。
「どうやら豊石祭の件で事前に打ち合わせすべき案件があったらしい。帰ろうと屋敷から出てきた侯爵と、ちょうどそこへ帰宅した僕が鉢合わせ」
「え、え……それで、どうなったの?」
レオは眼鏡を外し、眉間をつまんだ。
「認識阻害の魔法具を使っていることに気づかれていて、今後のためにも素顔をさらせ、と」
私が大きく息を吸うと、レオは右手を握りしめて、右側のこめかみを擦る。
「まあ、いつかは来ると思ってはいたから。お互いに貴族だし、表立って何かしてくることはないと思うけど」
「……気づかれたの?」
「どうだろう……わからない。眼鏡とイヤーカフは外したけど、前髪で目は隠れていたはずだから。でも、僕の瞳を見られたところで、あの人には判別できないと思うよ」
前髪を掻き上げたレオが力なく微笑んだ。
「息子の瞳の色を“黒”だと思っていたんだから」
「えっ? そうなの?」
「うん」
今にも泣き出しそうな顔に、無理して微笑みを浮かべるレオを見て、私の胸がズキリと痛む。
「ごめん。アイリーンにそんな顔をさせたかったわけじゃないんだ」
今度は困ったように笑った。
◇
魔法具店に着くと、先ほどまでの少し重たい空気が和らいでいた。
レオの表情もいくらか明るくなっている。話したことで、少しでもレオの気持ちが落ち着いてくれていればいいのだけれど。
「この箱のものを祭典用の店に運んで、その店に陳列していくんだ」
「そっか! この店には普通に入れないものね」
レオがにっこり頷いた。店舗にいた従業員に指示を出して、数個の箱を馬車へと運び入れた。
「さあ、これから祭典用の店舗に移動するよ」
荷物を載せた馬車と一緒に移動する。
すると、見たことのある街並みが目に入ってきた。
「あっ!」
「気がついた? 店舗は普段使っていないから目立たないんだけど」
臨時で使う店舗は、以前、鉱石の本を買った書店の隣だった。
私は嬉しさのあまり胸の前で手を組み、この喜びを神様に伝えるかのように、ぎゅっと目を閉じた。
店内では美しい石やアクセサリー、それから魔法具を思う存分眺められて、隣に行けば大好きな本がたくさんおいてあり、空間も匂いも好みの書店で本を思う存分選ぶことができるなんて。
私にとって、こんな幸せな環境はない。
「最っ高!!」
「ハハッ、言うと思った!」
従業員が馬車から店内へ次々と荷物を運んできた。
私はポケットから真っ白な手袋を取り出してはめると、端から箱を開け、中に入っている商品を一つ一つ丁寧に陳列していく。
レオは手にした書類をめくりながら、私が並べた商品と見比べ、細かく確認している。
淡々と繰り返される作業だけど、私にとってはご褒美に近い。だから、むしろやればやるほど疲れが吹っ飛んでいく。
「今日はこの辺で終わりにしようか」
向かいにあるカフェの照明が明るくて、いつの間にか辺りが暗くなっていることに、まったく気がつかなかった。
楽しすぎて、つい夢中になってしまったという理由もあるが。
これからしばらく、こんなに素敵な時間を過ごせるのかと思うと、幸せすぎて胸がいっぱいになった。




