曖昧な日々と記憶②
ディアーナ視点→ジルコニア公爵視点です。
翌朝。早速、私は行動を起こした。
作戦としては、私が知る物語の内容を織り交ぜながら、未来を視る能力として扱われている知識を最大限に使ってアラスターについて調査をすること。
父親はこの国の公爵だし、婚約者は未来の王太子である王子様だ。これほど強力な後ろ盾はない。
物語の強制力なんかに負けてたまるか。
私はグッと拳に力を入れ、公爵様のいる執務室の扉をノックした。
「ディアーナです。お父様、いらっしゃいます?」
「入れ」
公爵様の低い声が聞こえ、私は扉を開ける。部屋の中の様子を伺うように覗き込むと、いかにも“悪役令嬢の父”という威厳ある顔が僅かに緩んだ。
「何かあったのか? ディアーナ」
「ええ。昨日の舞踏会で視えた未来があったのですが……今、少しだけお話を聞いてくださいますか?」
「もちろんだ」
公爵様は動かしていた手を止めると、応接用に置かれた革製のソファへと移動する。私も後に続き、テーブルを挟んだ対面に座った。
「幼い頃、時々我が家に来ていたクオーツ侯爵令息のアラスター様を覚えていらっしゃいますか?」
私の言葉に公爵様の眉がピクリと反応する。
「ディルク義兄さまから彼に起こった出来事は聞いています。けれど、私……昨晩、見たのです。彼が生きている未来を」
「何……? クオーツ侯爵令息が生きているだと?」
公爵様は驚いたように目を見開いた。
「ええ。公爵家の力を使って、アラスター様のことを詳しく調べてみてもらえませんか?」
公爵様は口元に手を当て「ふむ」と一瞬考えると、頷いた。
「ああ、わかった」
公爵様の前向きな反応に安堵した私はその後の報告を待つことにした。
◇
まさか、ディアーナからクオーツ侯爵令息の名前が出てくるとは思わなかった。
あの事故以降、クオーツ侯爵家には定期的に支援をしている。たった一人の令息が我が屋敷からの帰りに事故で亡くなったため、少なからずその責任を感じたからだ。
今までディアーナがしてきた未来の話は、ほぼすべて的中しており、その御蔭で回避できたり、最善を選択することができた。今の安寧の一端はディアーナの力ともいえる。
その娘が「彼は生きている」と言っている。
先ほどディアーナから聞いた話では、クオーツ侯爵令息は事故で記憶をなくしてしまっているのではないか、ということだった。
そして、その事故の調査以外に、ガーネット伯爵家についても調べてみてほしいと頼まれた。
ガーネット伯爵家といえば、魔法石や魔法具の管理をしている家門だ。確か最近、その息子が婚約したということで話題になっていた。
しかも、その相手は先日ディルクとカイルスが無礼を働き、国王陛下に呼ばれて謝罪した、ロードナイト伯爵家の令嬢だったはずだ。
ディアーナが彼女のことを異様なまでに気にしているのは知っていたし、フレデリック殿下やディルク、カイルスがそのことに対して少々敏感になっていたのも知っていた。
またしても、愛する娘の未来に彼女が影を落とすのかと考えると、どす黒い感情が溢れてくる。
(相手が誰であろうと関係ない。愛する娘を護るためならば……!)
例え、あのロードナイト伯爵家であったとしても。
調査を始めたものの、クオーツ侯爵家の馬車の事故に関しては特段、新しい情報はなく、当時調べた結果と同じであった。
しかし、ガーネット伯爵家については有益な情報を掴んだ。
昔、息子がメイドに誘拐されたという事件と、その息子が五年後に見つかったという事実を突き止めた。
その時期はおおよそ馬車の事故と一致している。
ディアーナの未来視通り、もしクオーツ侯爵令息が記憶を失い、彷徨い歩いていたところを保護され、ガーネット伯爵家の息子として育っていたとしたら――
私は急ぎ、クオーツ侯爵家へと使いを出した。




