充足の日々の回想②
父の従兄であるアストリア公爵家の当主は、『風魔法の公爵家』と呼ばれているだけにふわりとして優しい雰囲気の伯父様だったと記憶している。
隣国の、それも大国と伯爵家の関係を公にできないため、数えるほどしか会ったことはないが、私の印象ではそうだった。
だから、『闇魔法の公爵家』と呼ばれる“裏組織”の存在と従兄伯父の姿がまったく結びつかなかった。
父は首を捻りながら話を聞く私の心を見透かすように、その疑問に答えた。
「彼には“裏組織”が重荷でしかなかった。だから、私が『消滅』の方を継承した。今は裏の当主を息子に譲って、表向きの当主として領地でのびのびと暮らしているよ」
優しげに笑う父の顔に、記憶の中の従兄伯父が思い出される。血縁者だけに似ていた気がする。
「その息子が優秀だから、私が何も教えることはないし、今は多分――」
そこまで言いかけて、父が口を噤んだ。
「まあ、要するに私が闇魔法『消滅』の継承者の一人だってことだよ」
何かあれば、『消滅』させることができるとなれば、それは脅威的な存在であることには変わりない。特殊な家柄だとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。
(これも、まさか――主人公チート?)
ほら、実は隣国のお姫様でした、とか。よく物語にありがちな設定の一つで。パパが闇魔法使いでした、ということだと思っていいのかな。
「ただ――今回、その『消滅』を使ったのに部外者であるはずの令嬢が何故、彼をアラスターだと言い切ったのか」
私の肩がビクリと震えた。
まさか、“それは本の挿絵を見ていたから”とは言い出せない。
父は私の様子がおかしいことに気づいているはず。けれど、それには一切追及せず、話を進めた。
「だから、今から聞きに行くのだよ」
「えっ?」
(誰に? どこに? 何を?)
馬車が止まったのは、王都にあるロードナイト伯爵家の屋敷だった。
◇
「お帰りなさい、随分早かったのね」
ホッとする容姿。にっこりと微笑む母が私たちを出迎えてくれる。
レオの家との顔合わせのために領地から来て、しばらくこちらにいると言っていた。
「何かあったの?」
私たちの様子にいち早く気がついた母は、父に問いかけた。
「マリー。前にも同じようなことがあったね? 覚えているかい?」
「何の話?」
母は話が見えず、首をコテンと傾けた。
「私の魔法の影響を受けない人物がいたんだ」
「え……? そんな、まさか……!」
母が驚いて、口元を押さえる。
父は少し慌てて、首を横に振った。
「今回は違うよ。彼女は公爵家の令嬢だ」
「……そうなの?」
「ああ。だから、君なら何かわかるのではないかと思ってね」
(え? 聞きに行くっていうのは、お母様に?)
私たちは二人のやり取りを黙って見ていた。
母は口を押さえていた手を軽く握り、考え込むように顎につける。
「うーん。もしかしたら、それは……『テンセイシャ』かもしれないわね」




