不穏な日々の存続③
「生きていたのね! よかったぁ」
ディアーナがレオを抱きしめる腕にギュッと力を込めた。
直立不動で困惑の表情を浮かべたレオが静かに一歩後ろに下がり、彼女の腕の中から逃れる。
「申し訳ありません、御令嬢。どなたかとお間違いではございませんか? 私はガーネット伯爵家のレオナルドと申します。初めてお目にかかるかと存じます」
胸に手をあて、恭しく頭を垂れる。
今度はディアーナが困惑した表情を浮かべた。小さく首を振り、「そんな、まさか」と呟いている。
「君か。認識阻害の魔法具を使わないとならない理由がわかった気がするよ」
ディアーナの背後からディルクとカイルス、そしてフレデリック殿下が現れ、彼女を背後に隠した。
「ディア。彼がロードナイト伯爵令嬢の婚約者だよ」
「え……? でも、彼は――」
少し離れた場所からその様子を見ていた私はあまりの衝撃に呆然と佇んでいた。
「アイリーン!」
私の姿を見つけたレオがディアーナの言葉を遮るように名前を呼び、駆け寄ってくる。
満面の笑みを浮かべて。
多分、レオは気がついている。私の顔から不安の色を読み取っている。だから、あれは私を安心させるための笑顔だ。
レオはふわりと私を抱きしめた。
「ごめん。不安にさせたよね。でも、大丈夫。ただの人違いだったんだ」
周囲に聞こえるよう少し大きめの声でそう言うと、私の耳元に唇を寄せ囁いた。
「アラスターだと気づかれた」
身体から血の気が引いていく。
「うまく誤魔化したつもりだけど……今は彼女から離れたほうがいいかもしれない」
私は小さくコクリと頷いた。レオの肩越しにこちらをジッと見つめるディアーナと視線が交わる。彼女は戸惑っているように見えた。
「二人とも、こちらにおいで」
安心感を与える声が聞こえて振り返ると、父が少し険しい顔をして立っていた。
父に促されるまま、私とレオはホールを後にする。きっと今日はもう帰るのだろう。父の足は馬車止めまで迷うことなく一直線に進んでいく。
ドレスの裾を持ち上げて、何とかついていく。父はロードナイト伯爵家の馬車を見つけると御者に指示を出し、乗り込んだ。
「乗りなさい」
「はい」
私は父に手を引かれて乗り込む。後に続いたレオが向かい側に座った。
馬車がゆっくり走り出す。父は何か考え込んでいるようで、私とレオはただ黙って、規則正しく響く蹄の音を聞いていた。
「何故だろう」
不意に呟かれた一言に、私は顔を上げた。
「証拠はすべて消滅させたはずなのに」
「えっ?」
父は顎に手をかけ、首を捻っている。
(消滅させたって、どういうこと?)
私が疑問に思っていると、父と視線が合う。
父は小さく息を吐き出すと、意を決したように話し始めた。
――父の秘密と過去の出来事について。




