私の物語は、これから!!
正式に婚約を結ぶため、ガーネット伯爵夫妻とレオがロードナイト伯爵家へと来訪した。
「お待ちしておりました」
最近、雇われたばかりの老執事が丁重に出迎えた。
「……!」
レオは執事の顔を見るなり、瞳を大きく見開いた。その様子に気づいているのかはわからないが、老執事はただ微笑んで、応接室へと彼らを案内する。
美しい細工が施された扉を開けると、そこにはすでにロードナイト伯爵夫妻とアイリーンの姿があった。
ガーネット伯爵家が席に着くと、両家の顔合わせと婚約に関しての書面が交わされる。
終始、和やかな雰囲気の中、無事に二人の婚約が結ばれた。
「それでは――結婚は学園を卒業後、ということでよろしいですね」
「はい、よろしくお願いいたします」
レオは硬い表情のまま、父の確認に頷いた。
「ロードナイト伯爵家と素晴らしい御縁ができ、嬉しい限りです」
ガーネット伯爵がふわりと笑う。
レオを心から愛し、育ててくれた優しい微笑みだ。彼の瞳の色はレオの瞳と似ている。
隣で笑顔を浮かべている夫人の柔らかい表情や仕草から、レオが心から安心して過ごせる環境だったのだと改めて思った。
「こちらこそ。互いに特殊な家柄ではありますが……だからこそ、こうして繋がることができ、大変嬉しく思います」
父も母もとても幸せそうに笑っている。
私は胸がジンと熱くなった。
「御令息と少々お話をさせていただいても?」
滞りなく手続きが終わり、歓談も終盤になった頃、席を立ったガーネット伯爵に父が話しかけた。
ガーネット伯爵は視線をレオに移すと、彼は頷くかのように目を伏せた。
「構いません」
「ありがとうございます。帰りの馬車はこちらで手配いたしますのでご心配されませんよう」
「ご配慮、ありがとうございます。では私たちは先に失礼させていただきます」
ガーネット伯爵夫妻はレオにニッコリ微笑んでから、応接室を後にした。
「さて、私たちも失礼するよ」
「えっ……?」
「お父様?」
父が母を連れて退室しようと腰を上げたので、私とレオは驚いてしまった。
「君はアイリーンに本当のことを伝えて、婚約の許可を得たのだろう?」
「……はい」
(――ん? だから、何?)
「それならば、問題はない」
父は微笑みを浮かべると、母をエスコートしながら部屋を出ていってしまった。
頭の中が疑問符でいっぱいになっている中、部屋に残された私とレオが互いに顔を見合わせた。
「坊ちゃま」
その部屋にはもう一人、在室していた。
彼がレオに向かって、そう呼びかけたのだ。
「入学式の前日、学園でお会いしたのは、やはりあなた様でしたか」
最近、雇われたばかりの老執事。
所作は一流で、格式高い貴族に長年仕えていたことが伺えた。だから、何か訳ありなのかと思っていたのだけれど。
「じいや」
私が老執事から対面に座っているレオへ視線を戻すと、彼は唇を噛み締めていた。今にも泣き出しそうな顔をして。
「ごめんね、じいや。僕はもう……」
――アラスターじゃない。
そう言うよりも先に老執事がレオの言葉を遮った。
「よいのです。坊ちゃま。私から見れば、どのような名前であれ、坊ちゃまは“坊ちゃま”なのですから。ただ……生きていてくださり、こうして再会することができ、心から良かったと思っております」
老執事は満面の笑みを浮かべた。
「ロードナイト伯爵様には感謝してもしきれません。誰も耳を傾けてくれなかった老人の言葉を聞いてくださっただけでなく、それを信じ、こうして坊ちゃまに会わせていただく機会まで与えてくださいました」
感無量とばかりに胸に手を置き、天を仰ぎながら瞳を閉じた。
「それにしても……あんな一瞬でよく僕だって気がついたよね? もう何年も経っていて、外見だって子どもじゃなかったのに」
レオが入学式の前日に逃げていたのは、この老執事からだったのか、と理解した。
その御蔭で私たちは出会うことができたし、私はあの枝が落ちてきたことで記憶を取り戻したのだから、彼には感謝しかない。
「わかりましたよ。その瞳の色で」
レオは右手で右耳辺りの髪をクシャッと掴み、こめかみを刺激するようにグリグリと擦った。
「あと、そのクセ、でございますね」
老執事は握った手で口元を抑え、フフッと笑った。
「あの時にも出ておりましたよ」
私も思わず笑ってしまった。
レオのクセは昔も今も変わっていないのだと思ったら、何だかホッとしたような、嬉しいような気持ちになった。
私たち二人の笑い声にレオは顔を真っ赤にしながら、グリグリと右のこめかみを擦り続けていた。
◇
私たち二人の婚約が決まった後、予想通り、殿下やディルク様、カイルスに絡まれることはなくなった。
そもそもディアーナが断罪されるようなことを私はされていないし、もちろんしてもいない。
だからといって、今さら彼らと仲良くする気もないけれど。
卒業したら、それでさようならだし、そうそう会うこともなくなるだろう。
まあ、もしかしたら、夜会や議会などでは顔を合わせるかもしれないが、それも、そんな頻度ではないと思うし。
だから、フレデリック殿下が誰と婚約しようが私は構わないし、関係ない。
もちろんディアーナと婚約したとしても何とも思わない。
だって、私は物語と関係のない“たった一人の人”を探し出し、婚約することができたのだから。
私、この物語の中で一番美しい“たった一人の人”に一途に想われる主人公、やってます!
最後までご覧くださり、ありがとうございました。
ブックマークやいいね、評価などいただけますと励みになります!
落ち着いたら、続編もしくは番外編など更新する予定です。




