確信犯って、いうんだよ?
前半はレオ視点、後半はアイリーン視点です。
僕が転生していることに気づいたのは、ジルコニア公爵家からクオーツ侯爵家への帰り道、横転した馬車から投げ出された直後だった。
その少し前にジルコニア公爵家で行われた一人娘の誕生会での出来事に衝撃を受け、頭痛や吐き気に襲われるようになってから、すでに違和感はあったのだが、ハッキリと自覚したのがその時だった。
投げ出されたことでどこかに頭を強く打ち付けていたのだろう。今までにない痛みを感じ、瞼をギュッと閉じた。
どれくらい時間が経ったのか、目覚めたら、先ほどまでの頭痛は嘘のように消え、前の人生を含めた記憶が甦っていた。
そのおかげで僕はここが物語の中の世界だと気づくことができた。
好きだった幼馴染が愛読していた物語だったから、詳しい内容を知っていたのだ。
ただ、アラスターの今までの記憶を辿ると、明らかに物語と違っているところがあった。
それが、あの悪役令嬢ディアーナだった。
誕生会で出会った彼女は物語のディアーナそのものだったが、次に会った時は彼女の性格も言動も、彼女を取り巻く周囲までもが変わっていた。
僕がこの世界に転生したということはもしかしたら彼女も転生者なのかもしれない。僕しか転生していないなんて確約はないし、むしろ他にもいると考えたほうが合理的だ。
転生者の中には愛莉がいるかもしれない。この物語が好きだったのは幼馴染の愛莉だったのだから。
でもあのディアーナは愛莉ではないと感じていた。彼女は常にビクビクと怯えていたからだ。必要以上に何かを怖がっているようにみえた。
愛莉だったらもっとハッキリ言うだろうし、何よりこの状況をこの上なく楽しんでいることだろう。
そこまで考えて、僕は今置かれた状況を整理する。
このままディアーナが物語を変え続けた場合、登場人物の一人である僕は一体どうなるのか。
僕がこのままクオーツ侯爵家にいたら、あの父親に蔑まれ続ける。ディアーナが何とかしてくれるなんて保証はないし、主人公であるアイリーンと出会うのは学園に入ってからだ。
何より記憶を取り戻した今、他人の力を借りてどうにかしようなんて思っていない。
それに――今のこの状況を利用しない手はない。
馬車に轢かれた少年はすでに事切れており、見るも無惨な状態で、御者は恐らく大怪我を負い、まだ意識を取り戻していない。
僕は何とか立ち上がると、少年に近づいた。
年齢は今の僕とそう変わらない。髪色も体型も大体同じ。薄く開いている瞼の隙間から赤に近い黒の瞳が見えた。
「ごめんね」
彼にそう呟くと、そっと服を脱がせた。それから、自分の服を脱いで彼に優しく着せた。
僕は――この場所で、アラスター・クオーツをこの物語から退場させることにしたのだ。
◇
「僕が――アラスター・クオーツなんだ」
レオから真相を聞いた私はその衝撃が強すぎて混乱していた。
「無理もないけど……僕なりに必死だったんだ。その後、いろんな場所を見て回りながら、情報を集めて、どうしたら主人公のアイリーンに会えるか探ってた」
レオの話ではやはり五、六歳の子どもが一人で路上生活するのは難しかったらしく、割と早々に保護され、修道院に連れて行かれたそうだ。
「運命って、本当にあるのかもしれないって、初めて本気で思ったよ。まさかガーネット伯爵家に引き取られるなんて」
ガーネット伯爵夫妻は探していた息子が帰ってきたと大喜びしており、二人に本当の名前を伝えることはできなかったと、レオは俯いた。
「きっと心のどこかで僕がレオナルドではないって、わかっていたと思う。それでも二人は……ガーネット伯爵家の皆は、本当の家族よりもずっとたくさんの愛を注いでくれた」
レオは私にニッコリと微笑んだ。
「幸運だったのはそれだけじゃない。ガーネット伯爵家は魔法具と魔法石の管理と販売をしている。だから、“美しいもの”と“石”が大好物の愛莉とは絶対にいつか会えると思ってた」
私が目を丸くすると、レオはいつもするあの仕草をした。
「あっ、思い出した! それ、玲音くんのクセだ」
右手で右耳辺りの髪をクシャッと掴み、こめかみを刺激するようにグリグリと擦っていたレオがその手を止める。
今度は彼が驚いた顔をした。
「ずっと、どこかで見たような気がしていたの。今、思い出したわ」
私がスッキリして満足そうに微笑むと、レオは顔を赤く染め、グリグリを再開した。
「とにかく! そのおかげで主人公アイリーンが愛莉だって確信できた。もう知ってるんでしょ? あの店はガーネット伯爵家が経営しているってこと」
私はこくりと頷いた。
「僕から伝えられなくて、ごめん」
「仕方ないわ。私があなたの立場なら同じことをしたと思うもの」
まだそこまで仲良くなっていない新しくできたばかりの友だちに「ここ、自分の店なんだ」なんて言えるはずがない。
「それで……話を戻すんだけど」
「うん?」
レオは前髪を整えると、その場に跪いた。
「アイリーン、僕と婚約しよう」
深い赤の瞳がまっすぐに私の瞳を見つめる。
「ずるい……」
私が眉間にシワを寄せ、悔しそうに唇を引き結ぶと、レオはニヤッと片方の口角だけを持ち上げた。
「ねぇ。わかってて、やってるでしょ?」
「まあ、ね。愛莉のことは、この世界にいる誰よりもわかってるつもりだよ」
前髪を掻き上げ、魔法具をつけていないレオの姿はこの世界の誰よりも美麗だ。
その姿のレオにまるで王子様のように跪いて求婚され、美しいもの好きの私がそれを断れるはずがない。
(――この確信犯め……!)
悔しいけど。とっても悔しいけれど、外見も中身も大好きな彼がした愛の告白を私は受け入れてしまっていたのだった。




