まさか、あなたが?
「それって……」
レオとの会話で私の記憶が甦ってくる。
『“変わらぬ愛”なんて素敵だよね』
『“一途な愛”って意味もあるみたいだよ』
『私も……パパとママみたいに“たった一人の人”から貰えたらいいな』
『それなら、僕がいつか緑色のを贈るね』
『いいの? でも緑は高いんだよ!』
『じゃあ、交換しよう? 君が持ってる赤いのと』
『うん! 約束、ね!』
『わかった。約束するよ!』
あの時、思い出したのは――前の世界での記憶だったのだ。
大好きだった幼馴染の男の子とした約束。
(それを――どうしてレオが知っているの?)
「やっと、思い出してくれた?」
レオはそう言うと、ゆっくり眼鏡を外した。長く黒い前髪が揺れ、黒に近い赤の瞳が細くなる。
「酷いな。僕は割とすぐわかったのに」
「なんで……?」
「だって、ここは愛莉の好きな物語の世界でしょ?」
(――やっぱり、彼は……)
「玲音くん……なの?」
レオは肩を竦めて、微笑んだ。
「僕がこの世界にいるのは、愛莉がいるからかなって思ってた。でもなかなか会えなくて、愛莉が誰に転生したのかわからなくて探してたんだ。まあ、予想通り主人公アイリーンだったわけだけど」
「ほえ……」
私は驚きすぎて、気が抜けてしまった。
まさか彼までこの世界に転生していたなんて思ってもいなかった。
(あれ、ちょっと待って? 今、ずっと探してたって言った?)
「ねえ、玲音くんはいつ転生に気づいたの?」
「六歳だよ」
「六歳……」
そんなに早くから私を探していたなんて。
私が転生していることに気づいたのは、初めてレオと出会ったあの救護室なのに。
その前からずっと私のことを見つけようとしてくれていた。そのことが嬉しいやら申し訳ないやらで複雑な気持ちになった。
「まだ他にもアイリーンに話さないといけないことがある」
レオは前髪を掻き上げ、露わになった深い緑の瞳を赤黒く染めた。
「ロードナイト伯爵から、アイリーンに直接婚約の許可を得ることを条件に、隠蔽してもらったことがあるんだ」
「隠蔽?」
レオは眉を顰め、大きく息を吸い込んだ。
「僕は――僕の本当の名前は……アラスター」
二人の鼓動が止まってしまったかのように、辺りを静寂が支配する。
「僕が――アラスター・クオーツなんだ」
レオの声だけが小さく響いた。
◇
数日前、ガーネット伯爵家にロードナイト伯爵が訪ねてきた。
ロードナイト伯爵の仕事柄、定期的にこの屋敷に来ているが、今回は息子である僕に話を聞きたいということだった。
嫌な予感はしたのだが断るわけにもいかず、伯爵の待つ応接室へと向かった。
「お待たせして申し訳ございません」
「こちらこそ、急に申し訳なかったね」
柔らかい笑顔を浮かべたその容姿は、アイリーンにそっくりだ。
促されて向かい側に腰掛けると、伯爵は僕の耳元に視線を送った。
「それは魔法具かな? 少し見せてもらえるかい?」
さすがにロードナイト伯爵の目をごまかすことはできない。彼には認識阻害の効力など通用しない。それが彼の能力だからだ。
僕は耳からイヤーカフを外すと、伯爵に手渡した。彼は付けられている石を見て、目を見張る。
「もしかして、これはアイリーンから?」
「はい」
「では、アイリーンが持ち帰ってきたのは?」
「僕が贈ったものです」
「なるほど」
伯爵は僕にイヤーカフを戻すと、顎に手を当て少し考えてから口を開いた。
「君がフレデリック殿下やジルコニア公爵家の令息、そしてその従者から娘を護ってくれているということは把握している。君から見た彼らの様子を詳しく教えてほしい」
イヤーカフのことをもっと追及されると思っていた僕は拍子抜けしてしまい、慌てて彼らに関する記憶を思い起こした。
「そうですね……彼らはアイリーン嬢と面識があるかのように振る舞っていました。実際は初対面であったはずなのに。それはアイリーン嬢も同様に感じていたようです」
「なるほど」
「何だかまるでアイリーン嬢が近い未来、彼らに好意を抱くと確信していて、それを回避するために動いている、というような感覚がしました」
ロードナイト伯爵の眉間が狭くなり、不快感をあらわにする。言っている僕自身も不快なのだから、当然だろう。
「ロードナイト伯爵にお願いがあります」
僕は眼鏡を外して前髪を整えると、アイリーンと同じ色の瞳をまっすぐに見つめた。
「僕をアイリーン嬢の婚約者にしていただけますか。彼女を側で護りたいのです。彼らにしても、婚約者ができたと知れば、これ以上余計な手出しはしてこないと思います」
ロードナイト伯爵は僕と合わせていた瞳をゆっくりと閉じた。
「君には重大な隠し事があるだろう?」
僕の呼吸が一瞬止まる。
「それを隠したまま、アイリーンと婚約するというのかい?」
彼はすべてわかっているのだ。今日、訪問した本当の目的はそれだったのかもしれない。
僕だって、アイリーンにはちゃんと打ち明ける予定だった。今すぐにというわけではなかったけれど。
僕は首を左右に振った。
「いえ。僕の口から直接、彼女に伝えます」
伯爵は仕方がなさそうに小さく頷いた。
「アイリーンが君の真実を受け入れたら、婚約を許可しよう」
「ありがとうございます」
ホッと胸を撫で下ろして頭を上げると、伯爵が鋭い視線を向けていた。背筋に冷たい雫が伝う。
「それにしても、隠蔽が杜撰すぎる」
「え?」
「少しの調査で発覚してしまうような隠滅をするな。少なくともロードナイト伯爵家の一員になるのなら、完璧に消滅させなければならない」
「……承知、いたしました」
ロードナイト伯爵が席を立つと、僕もつられて腰を上げた。
彼は扉に手をかけたところでピタリと止まり、振り返ってニッコリと微笑む。
「今回は、私がすべて処理しておいたから」
その張り付いた笑みにゾクゾクと背筋が凍った。
「ありがとう、ございます……」
僕は引きつった笑顔で御礼を述べ、心の中ではこれから先の婿舅関係に一抹の不安を覚えていた。




