【14】おっさんの古巣、不協和音を奏でる
「マスター、錬金術師のニフティスが話があると」
「ニフティス? 何の用だ?」
帝都ノイデンにあるS級クラン【ドラゴンスレイヤーズ】のクランハウス。
その最上階にある執務室にて。
クランマスターであるクラウスは、困惑した顔でやって来たクラン幹部の男から、そんな報告を受けた。
遠征から帰ってきたばかりで溜まっていた決裁書類の山を処理する手を止めて、困惑する幹部の顔を見つめ返す。
すると、その顔に浮かぶ困惑に微かな恐れのようなものが入り混じっているのをクラウスは看破した。
何やら悪い報告がありそうな予感に駆られて、思わず漏れそうになったため息を飲み込む。
「通せ」
「は、はい」
まずは本人の話を聞いてみなければ、どうしようもないだろう。
クラウスは入室の許可を与える。幹部の男は一度部屋の外へ出ていき、程なく、錬金術師ニフティスを連れて戻ってきた。
「ニフティス、用件は?」
「用件は、だと?」
ニフティスは錬金術師然としたローブを身に纏った、痩せぎすの四十代の男だ。
端的に用件を問うたクラウスに、その神経質そうな顔を歪めて怒りを露にする。
「ふざけるな! 私は何度も上申していたはずだぞ! いい加減に雇う錬金術師を増やすか、初級のポーション類の作成は外注しろとな!」
「……何? どういうことだ? 人手が足りないとでも言うつもりか?」
何度も上申していた――という言葉も気になるが、その事については後回しだ。
事情を知っていそうな幹部の男をぎろりと睨んでから、クラウスは問題の本質に対して疑問を放つ。
すなわち、ニフティスが人手の増員を求めているという件について。
「当たり前だ! S級クランたる【ドラゴンスレイヤーズ】が私を専属で雇いたいというから前の職場を辞めてまでこちらに移籍したのだぞ! それが何だッ!! 私は「薬屋」のように延々と初級ポーションを作り続けるために雇われたのではないッ!!」
薬屋――というのは、高位の錬金術師たちが、研究も自己の研鑽もせず、ポーションばかりを売って生計を立てている錬金術師たちをバカにする蔑称だ。
レベルの高いの錬金術師たちには、得てしてこういった傲慢なところがある。
しかし、クラウスはこういった風潮を知らなかった。
彼は生産職ではないし、まだ若い。クランマスターに就いてから仕事が忙しかったこともあり、閉鎖的な生産職界隈の事情を把握していなかったとしても、何らおかしい話ではなかった。
クラウスとしては、ロイドの代わりに雇う生産職はそれぞれの専門職でレベルの高い者――という程度の要望しかなかった。
レベルが高ければ、それだけ能力が高いだろう、という単純な認識だったのだ。
しかし、レベルが高い専門職というのがどういった存在であるのか――クラウスと職人たちの認識には大きな隔たりがあった。
それらの考え違いは、本来ならば無理からぬことでもある。クラウスが責任ある立場でなければ、大きな問題にもならなかったであろう。
しかし、クラウスにとっては不幸なことに、彼は責任ある立場だった。
「……すぐに増員することはできない」
ニフティスの怒りように、正面から拒否することはせず、クラウスは一旦そう答えた。
現在、クランで雇っている生産職は三人。「アルケミスト」であるニフティスと「スミス」に「マジックアイテムクリエイター」の三人だ。
その三人ともがそれぞれの専門職であり、以前に雇っていたロイドに比べ、ただでさえ一人一人に支払う人件費は高くなっている上に三人分だ。おまけに機材やら設備やらと、別の投資も行っている。
クラン全体の底上げのために専門の生産職を雇い、所属する冒険者たちを強力にバックアップしてもらおうと考えた。
それ自体は間違っているとは思わないが、まだ雇い始めて一ヶ月だ。
投資分を回収するどころか出費だけが重なっており、いくらS級クランといえども、すぐに収入に直結はしない錬金術師の増員などできるはずもなかった。
「それに、本当に増員する必要があるのかも疑問だ。以前雇っていた生産職は、初級アイテム限定とはいえ、ポーションに武器防具に魔道具の生産までしていた。確かに錬金術師が用意する消耗品は鍛冶師や魔道具師に比べて多いとはいえ、かつては一人が行っていたことだ。専門職であるあなたに出来ないとは思えないのだが?」
アイテムクリエイターとは珍しい職業だ。
クラスを得た者が別の道へ進んでしまう――というだけではなく、そもそも【天職】として授かる数が、他の生産職と比べても少ない。
それゆえに、アイテムクリエイターの実態を把握している者は、実のところかなりの少数派だった。
このことが、人々に誤解を生む要因にもなっている。
すなわち――「下位互換」にできて「専門職」にできないはずがない、という風評の。
「ふっ、ふざけるなッ!! 以前雇っていたというのはアイテムクリエイターらしいではないか! あんな「粗製乱造職人」よりも、この私が劣るとでも言いたいのかッ!?」
しかし、生産系クラスであるニフティスは、クラウスよりは正しくアイテムクリエイターの実態について把握していた。
品質が悪い初級アイテムしか製造できないが、「乱造」という言葉の通り、幅広い分野で大量生産に向いたクラスだということを。
そもそも向いている能力が違うのだ。
「いや、すまない。失言だった。もちろん、あなたが劣っているとは思っていない」
「ふんっ」
クラウスは激昂するニフティスへ素直に頭を下げ、自らの非を認めた。
また、クランの頂点たるクラウスがそうすることで、ニフティスはギリギリのところで理性を保つ。
「ニフティス、初級のポーション類を外注すれば、あなた一人でも問題ないのか?」
どうも、問題の焦点はそこにあるらしい――と、クラウスは悟る。
【ドラゴンスレイヤーズ】といえど、所属する冒険者の全てが高ランクというわけではない。むしろ、これから先もクランを存続させるためには、積極的に若手の育成をする必要があった。……かつて、有望な若手であったクラウスがそうしてもらったように。
なので所属する冒険者は、むしろ若手の方が多いだろう。
従って、必要とされるポーション類も、初級ポーションが圧倒的に多い、というわけだ。
「そうだ。一番消費量が多いのがそこだからな。……そもそも、クランに所属する人数を考えろ! 一人で用意できる量を遥かに超えているだろうがッ!!」
「そう、だな……すまない。初級ポーション類については、外注する方向で調整してみよう。申し訳ないが、もうしばらく我慢してくれないか?」
「チッ!」
ニフティスは隠しもせずに舌打ちする。
だが、それも詮ないことでもあった。そもそも話が違う――ということだ。ニフティスの立場からすれば、クラン専属になるために前職を辞めているのだし、簡単に元の職場に戻ることなどできはしない。リスクをとってこちらに来てみれば、任せられる仕事のほとんどが新人の錬金術師でも出来るような初級ポーションの作成――それも、明らかにふざけた量――であれば、彼でなくとも怒るのは当然だった。
例えるなら、学院教授がヘッドハンティングされて別の職場に来てみたら、誰でもできる単純な仕事を任せられたようなものだからだ。しかも延々とそれだけを、尋常ではない時間やらせられる。
馬鹿にしているのかと怒るのは当然であった。
いよいよとなれば、彼は躊躇わずにここを出て行くだろう。
ニフティスほどの錬金術師であれば、仕事は幾らでもあるのだから。
「できる限り早くしろッ!!」
怒鳴るようにそう告げると、彼は足音も荒く部屋を出ていった。
それを見送り、クラウスは考える。
「一人で用意できる量を遥かに超えている」というニフティスの言葉は、初級ポーションに限った話だ。だが実際には、それを遥かに超える量のアイテムを、ずっと一人で用意していた人物がいたのだ。
(ロイドさん、あなたは……)
かつて自分が追い出した先輩冒険者に想いを馳せ――いや、というように、クラウスは首を振って思考を断ち切った。
懐かしき思い出に浸るよりも、あるいは後悔することよりも、今は目の前に解決しなければならない問題が山積しているのだから。
(ニフティスだけが例外と考えるべきではないな)
もしかしたら、他の生産職のところでも、これと同様の問題が起きているのではないか。
さらにクランに所属する下位の冒険者たちの間で、支給される消耗品が不足している可能性もある。「一人で用意できる量を遥かに超えている」ということは、ニフティス自身にも例外ではないはずだ。特にポーションの不足でクランの人員に欠員が出ることがあっては笑えない。
(そういえば、ロイドさんは下位冒険者たちの武器の補修などもしていたな……)
自らの遠い記憶から、武器や防具などを『リペア』してもらっていた経験を思い出す。
そうして連鎖的に湧いてくる問題は多岐にわたった。
そして、それ以外にもさらに看過できない問題がある。
「さて……」
「ひっ」
クラウスは室内に残った幹部の男へ、無表情ながら怒りに満ちた視線を向けた。
S級冒険者であるクラウスの怒気に、年上であるはずの男は恐怖に顔を歪めた。
「ニフティスは「何度も上申していた」と言っていたが、私には何の報告も上がってきていなかった。……なぜだ?」
「そっ、それは……マスターが御忙しいと思い……あの、その……」
「私が忙しいのと報告を上げないことに、何の関係がある? ……この件を知っていたのは他に誰がいる? 今すぐ、全員呼び出せ」
「は、は、はいぃぃッ!!」
転ぶように男が部屋を出て行った後、クラウスは椅子の背凭れに体重を預けて、天井を見上げた。
そして呟く。
「舐められているのだろうな……。…………疲れた」
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