第二章~Chapter 2~操龍
胸の奥底からこみ上げてくる。何か黒いものが。
佐々神の鼓動が早まる。
――解放しろ――
頭の中に直接響いてくるような不思議な感覚に襲われる。
(幻聴だ。これは幻聴だ)
佐々神は自分にそう言い聞かせ、こみ上げてくる何かを押さえつける。
再び双剣を握りしめ、それを二つの拳銃に変形させた。
直後、佐々神の猛攻が始まった。聖樹との距離は一五メートルほど。二つの拳銃を交互に打つことで、機関銃の如く連射する。
聖樹はそれに即座に反応し、周囲に風を撒き風を纏う。
佐々神の放つ光弾は我関せずといったように風を纏っている聖樹に向かって直進する。そして聖樹に直撃した。が、周囲に纏った風が光弾の軌道を僅かにずらし、聖樹への直撃を避ける。
それを何回か繰り返し、無駄だと分かった佐々神は、両手に持った拳銃を一本の棒状にし、それから魔力を込め両手剣に変形させる。
「それが幻器の能力か……」
聖樹は立ち止まり頷きながら感心する。そして、両手を構える。
操龍が来る! そう思った瞬間にはすでにその姿を現していた。聖樹の最大の強みは技までの異常な早さだ。来ると思ったときにはすでに遅い。これに打ち勝つには異常な反射神経か的確な先読みしかない。
佐々神は両手に握った両手剣を縦に振る。幸いなことに操龍の速度はそれほど速くない。ちょうどプロ野球選手のピッチング程度だ。これなら対処は可能だ。普通なら風という見えない攻撃が脅威になるが、空気断絶を使うようになり風に敏感になった佐々神にとっては脅威にはならない。
佐々神の持つ剣がうねりを上げる。奇怪な、気味の悪い音を立て、操龍を風の刃で切り裂く。いや、切り裂いたのではない。操龍が消滅したような感覚に近い。
「お前がそれほどの空気使いだったとはな」
聖樹はまた感心したように言う。今度は完全に見下したような言い方だ。
「操龍とは魔術だ」
「ッッ!?」
佐々神は衝撃を受けた。操龍が魔術のはずがない。魔術なら魔法陣が必須だ。だがそれらしき光は見えなかった。
(いや、待てよ……そもそもこの考えが間違っているじゃないか? 魔法陣は光で描く必要はあるのか? ないはずだ。カトレアに訓練してもらった時は紙に書いた魔法陣でやったはずだ)
「だが、魔術なのは『操龍』のみだ」
佐々神はますます聖樹の言っていることが分からなくなった。魔術なのは操龍のみ。
「操龍とは独自の略語、つまり自己流略語。これは風の形状自体を魔法陣とし、漢字を略語と捉え、『操』の字から操るという意味と『双』という二つを表す意味を見出し、『龍』という字は『操』の対象となる『風』に見立て、二つの『風』を操るという一種の略語なのだ」
佐々神はさらに衝撃を受けた。漢字が略語。全く聞いたことのない話だ。もっとも佐々神はそれほど魔術に詳しい訳ではない。だが、漢字を略語にする難しさ程度は理解している。本来存在する「魔術の原理」に書かれている略語という規則を無視し、新たな規則を生み出しているのだ。例えるなら、「底辺×高さ÷2」という三角形を求める公式の他に独自の公式を作り、それで問題を解いているようなものだ。既存する支配に縛られないということは簡単に出来ることではない。
改めて風雅聖樹という男の凄さを理解する。
そして佐々神はそこで気がつく。「操龍」が二つの風を操る自己流略語ということは、「二つの風」を生むという部分は別にあるということだ。
(ってことは、本当に素手で空気断絶を使っているのか?)
そうとしか思えなかった。操龍は風に魔法陣を仕込んでいる。さっきの操龍が消滅したことから判断すると、おそらく周囲の空気を使って操る魔術だ。だから周囲の空気のバランスが崩れ自滅したのだろう。だが、その魔法陣が仕込まれた風は……。
「そろそろ、戦いを再開しよう。少し面白くなってきた」
聖樹は戦場には似合わぬ笑みを見せる。




