第二章~Chapter 2~友達
舞華は電話を切り、鞄に入れたところで梓の存在に気がつく。
「あ、梓か……どうしたの?」
少し焦った様子を見せたが、すぐに取り繕う。
梓は迷っていた。さっきのことを聞くか否か。
梓は気付いていた。聞けばもう、元には戻れないかもしれないということを。
だが、決意する。聞かなければ何も始まらない。
「舞華ちゃん……EARTHって……監視って……何なの?」
舞華は青ざめたような顔をする。なぜ知っているのか、という顔をしている。聞かなくてもそれは分かった。
が、すぐに表情を戻す。
「そっか……聞いてたんだ……」
舞華は俯いたまま黙り込む。
「舞華ちゃん……説明、してくれる?」
舞華はさらに黙り込む。
しばらく経つと、舞華が顔を上げる。そして、諦めたように、
「分かった……話すよ……」
そう言うと話を切りだした。
「アタシは政府に雇われて佐々神亮平という人物を監視しているの」
舞華は衝撃的なことを口にした。梓は聞き間違いでないことに落胆した。やはり本当のことだったのだ。
「理由は分からない。なぜ監視しないといけないのか? いつまで監視しないといけないのか? 何も分からない。ただ分かることは……監視をしなければあの生活に戻ってしまうことだけ……」
ガタガタと体を震わせて言った。それほど怖いのだろう。梓にはあの生活が何かは知らないが、とてもまともな生活には思えなかった。
突然、舞華はその場に崩れ泣きだした。
「もう、嫌だよ……こんな生活。リョーヘーを裏切って、お金をもらって生きてるなんて」
梓は何も言えない。励ませばいいのか、貶せばいいのか。笑えばいいのか、怒ればいいのか。どの選択肢が正しいのか分からない。
「でも……本当につらいのは、亮平を好きになっちゃったことだよ……監視のために今までずっと同じクラスだった。最初はただの監視の対象でしかなかった亮平が……いつの間にか、ただの男の子にしか見えなくなっていた。ホント、なんで好きになっちゃたんだろ? 裏切るしかないのにね」
舞華は自嘲するように言うが、両目からはしっかりと涙がこぼれ出ていた。
「なんでなの? なんで、なんで……」
舞華は問いかけていた。監視の仕事を受けた過去の自分に対してなのか、佐々神を好きなってしまった今の自分に対してなのか。
梓もいつの間にか涙をこぼしていた。
自分と同じ年齢の人間がなぜここまで苦しんでいるのか。それを考えているうちに涙が出た。
舞華はまだ話を続ける。
「この際だから言うね。アタシ……一二歳の時まで地下世界で育ったんだ。梓なら知っているよね? 地下世界のこと。それにね……この間の事件をリョーヘーのお父さんに言ったの、アタシなんだ。アイツが地下に向かってるの見ちゃったの」
舞華は明るい口調で言ったが、辛いに決まっている。
舞華は梓が地下世界を知っていることを知っていた。おそらく報告した後、佐々神の父親に聞いたのだろう。舞華の言う通り、地下世界を梓は知ってる。この場所がいったいどういう場所なのか。犬を見かけるような感覚で人間の死体を見かける。人間が殺されても誰も文句は言わない。弱い者こそが罪。そんなような場所だ。梓はあの光景を見てからしばらく、まともに食事がのどを通らなかったほどショックを受けた。そんな場所で育った舞華……梓は信じられなかった。おそらく、舞華の言っていたあの生活とは、ここでの生活だろう。舞華が震えるほどの生活。いったいどんな生活をしていたか想像できない。いや、想像したくはなかった。
あまりの衝撃に後半の話の、佐々神の父親に報告したのが舞華、というのはどうでもよくなった。
「怒った、よね? ゴメンね。許せないよね? 友達がいなくなるのは怖かったけど、友達を騙し続けることの方がずっと怖かったから……」
舞華がどう思ってこう言ったのか、梓には分からない。分かるはずもない。舞華はどれだけの期間これを悩んだのか。佐々神を始めて監視し始めてから今に至るまで、どれだけの時間が流れただろうか。それを考えれば今話を聞いた程度の梓が理解できないのも頷ける。
「舞華ちゃん……あたしもちょっと話してもいいかな?」
舞華が頷くのを確認してから、
「確かにどんな理由があっても舞華ちゃんがしたことは間違ってる。でも、それだけで友達じゃないなんて思わない。誰だって間違うことくらいあるでしょ? それに舞華ちゃんは正直に話してゴメンねって謝ってくれた。亮平君はどうか知らないけど、少なくともあたしは舞華ちゃんを許すよ」
梓は笑みを見せた後、
「友達として言うね。こっちこそゴメンね。気付いてあげられなくて。これだけ悩んでいるのに、友達として何の相談もしてあげられなかった。ホントにゴメンね」
そう言って梓は舞華を抱きしめた。舞華の最大の友人として。




