第二章~Chapter 2~監視
素手での空気断絶。あり得るはずがなかった。そもそも空気断絶とは、剣に特殊な溝を刻み、それを振りかざすことで空気を断絶し、真空状態を生み出す。そして、真空になったところへ別の空気が入り込むことで風を生み、コントロールすることが出来る剣のことを指すのだ。それに、あまりにも空気抵抗が大き過ぎるため、一振り二振りしただけで腕が使えなくなる、とんでもなく扱いずらい剣なのだ。その一振り二振り程度で腕が使えなくなるものを、素手でやるなんて不可能に近い。
「どういうことだ?」
佐々神は慎重に尋ねる。
「そのままの意味だよ。手刀で空気を断絶し、真空を生む。それに別の空気が入り込んで風を生む。原理としては空気断絶と全く同じだ」
佐々神は未だに信じられないでいた。素手で空気を断絶するなんて考えられない。そもそも、素手で摩擦に耐えられるはずがないのだ。
「だから言っただろ? 風雅流操風術は最強だって」
そう言うと、右手を振り上げ手刀の形にする。
「これが最後だ。俺の話を聞き、技を見たお前に問う。大人しくEARTHに来い」
佐々神は沈黙を続ける。
しばらくたっても返事を返さない佐々神に業を煮やした聖樹は、手刀を振り下ろす。
次の瞬間、気味の悪い風のうねる音がした。
佐々神は咄嗟にその場から離れようとする。が、
「……ッぐ、あぁぁあ」
後ろに飛んだつもりだったが、佐々神の右腕からは鮮血が流れ出ていた。
「ックソ」
佐々神は散弾銃だったものを双剣に変形させる。
一瞬光った後、佐々神の両手には刃渡り七〇センチ弱の短剣が二本握られていた。
そして、右足に力を集中させ、一気に駆け出す。聖樹との距離は一〇メートル強あったが、それを三歩で〇メートルにする。
左手に握った剣を下から上へと斬り上げる。
聖樹はそれに即座に反応し、最小限に抑えたバックステップでかわす。が、佐々神はそれを見切っていたかのように、右手を振り上げながらさらに距離を縮める。
〇メートルになろうとした瞬間、佐々神は右手の剣を振り下ろす。
直後、絵具のような赤い液体が宙に舞った。
「ッく……」
聖樹は左肩を抑え、痛みに耐えている。
「ッッ!……避けた、はずだ……」
聖樹は確かに佐々神の剣を避けていた。だが、佐々神の双剣もまた、空気断絶だ。右手を左肩目がけ振り下ろした瞬間、空気のうねりを作り、後ろに飛んだ聖樹の肩を貫いたのだ。
「お前もなかなかやるじゃないか」
聖樹は不敵な笑みを浮かべた。
梓は舞華を連れ、先ほどの場所からかなり離れた場所にいた。
梓は息を切らし、
「ゴメン、ね。説明は後で、するから。ちょっと、見てくる」
梓はそう言い残し、元来た道を確認のため戻る。
「よし、誰も追って来ていない」
追手が心配だった。地下世界に入ったことがばれている。もしかしたら追って来ているんじゃないか。梓はそれを気にしていた。
「あ、そうだ。カトレアさんに連絡しないと」
鞄から携帯を取り出し、電話帳からカトレアに電話をする。
一応情報屋の社長でもあるカトレアは、忙しくて出られないかと思ったが、意外にもとても早く出てくれた。
「はい。もしもし、梓ちゃん?」
梓はすぐに状況を伝え、出来ればこっちに来るようお願いした。それに対しカトレアは「分かった」と残し、電話を切った。
「これで大丈夫」
梓は舞華が心配になり、すぐに向かう。
梓が戻ると舞華はどこかへ電話をしていた。電話をしているところに行っても迷惑になると考えた梓は、しばらくその場で待っていることにした。
「はい、おそらくEARTHの関係者だと思われます」
(え? EARTH? なんで舞華ちゃんが知っているの?)
梓は驚いた。こちらの世界は無縁だと思っていた舞華が「EARTH」という単語を知っていたからだ。
梓の存在に気付いていない舞華は電話での会話を続ける。
「分かりました。引き続き亮平の監視を続けます」
(監……視?)
梓の頭の中は一気にめちゃくちゃになった。聖樹と会ったときとは全く違うめちゃくちゃだ。
EARTH、監視……。“普通の生活を送っている人間”には無縁の言葉だ。なぜ“普通の生活を送っている人間”のはずの舞華が、なぜその言葉を使っているのか。答えは簡単だ。舞華は“普通の生活を送っている人間”ではないからだ。だが、梓の心はそれを認めようとしない。当たり前だ。親友とも呼べる人間が、もう一人の親友と呼べる人間を監視していたなんて……認められるはずがない。
「舞華ちゃんって……一体何者なの?……」
梓の頭にはそれしか浮かばなかった。




