第二章~Chapter 2~風雅流操風術
どこにでもある繁華街の大通りのど真ん中で、佐々神はしばらく動けなくなった。なぜ今EARTHの話が出てくるのか? こいつはいったい何者なのか? なぜ佐々神を知っているのか? 何が目的で動いているのか? 頭の悪い佐々神の脳裏に、一瞬で複数の疑問が浮き上がってくる。
「もう一度言おう。佐々神亮平、EARTHへ来い」
また重い一言を放つ。
全く事情を知らない舞華まで、この事態の深刻さを理解しているのか、微動だにしない。
佐々神は人よりも回転の遅い脳をフル回転させ、ようやく一つの答えにたどり着く。
「梓。舞華を連れてここから離れろ」
佐々神は普段ポケットにしまってある、黒い光沢のあるビー玉大の石が付いたペンダントを取り出した。
それを握りしめ、
「早く行け! こいつの目的は俺だ。頼む……舞華を巻き込まないでくれ」
語尾が段々と小さくなる。そして、梓にカトレアを呼ぶように指示した。
「で、でも、一人じゃ危ないよ?」
梓が心配そうに声をかける。
「大丈夫だ。それよりも他の人を巻き込まないようにしてくれ」
「わ、分かった!」
梓はそう言うと、舞華を連れ遠くへ走り出した。
「賢明な判断だね。で、EARTHに来るのか? 来ないのか?」
上下白のスーツの男は佐々神に尋ねる。
「その前に一つだけ聞かせてくれ。なぜ俺をEARTHに連れて行こうとするんだ? 理由が分からない」
その答えに納得がいかなかったのか。スーツの男は不敵に笑っている。
「理由が分からない? ふざけんな! お前が政府のスパイだってことは分かってる。どうせ、父親に頼まれて、地下世界に潜り込んだんだろ?」
佐々神は一瞬何のこと言っているか分からなかった。政府のスパイ。なぜか佐々神はスパイということになっているらしい。
「何を勘違いしているか知らないが、俺はスパイなんかじゃない」
「まだ白を切るか!」
男は繁華街の大通りのど真ん中で叫ぶと、右手を手刀のにし、それを水平に空を裂く。つまり、水平にチョップをするような感じだ。
ビュンと音がすると、空気が動いた。
佐々神は咄嗟にその場から横に飛ぶ。空気に敏感な佐々神だからこそ避けられたが、普通の人間ならまず気がつかないだろう。
直後、佐々神のいたところのコンクリートの地面が抉れ、少し土が見える状態となった。
「お前……何者だ? ただの魔術師じゃないな?」
佐々神言う通り、ただの魔術師ではこんな芸当は出来ない。手刀を作ってから謎の攻撃まで一秒とかかっていない。これが出来るのは翔並の魔術師か、それ以外の特別な何かを持った魔術師だけだ。どちらにせよ、とんでもなく厄介なのは確かだ。
スーツの男の攻撃で、周囲の人間はパニックを起こし、すぐに遠くの方へ逃げて行った。佐々神からしたらありがたい。これで周囲を気にせず戦える。
スーツの男は嬉しそうに笑う。何がおかしいのか、佐々神にはよくわからない。だが、腹が立ったのは確かだ。
「俺の名前は、風雅聖樹。EARTHの一員だ。覚えておけ」
「攻撃の後に自己紹介か。気持ち悪い奴だな」
佐々神は最大の嫌味込めて言うが、聖樹となる男は気にした様子はない。
「もう一度言うが、EARTHに来い。俺は戦いたくない。教主に命令されて来ただけだ」
佐々神は教主がどういうものなのかよく分からなかったが、まともではないということだけは分かった。
「残念だが俺は断る。お前らには関わるつもりは、ない」
言葉と同時に右手に握っていた石の状態の幻器を散弾銃に変える。そして、攻撃範囲を捨て、威力のみを追求し、最大出力で散弾銃を放つ。
映画の中でしか聞けないような轟音が響く。
が、聖樹は先ほどと同じように手刀を作り、水平に空を斬る。
ビュン! 先ほどより少し大きい音がすると、佐々神の持つ散弾銃から放たれた細い光弾が一瞬にして消えた。
一体何があったのか。佐々神には理解が出来ない。
「何が起きたか、分かっていない様子だな」
聖樹の言うとおり、何が起きたか分かっていない。見当すらついていない。最初は、水平に薙ぎ払うことで発動する簡易魔術だと思ったが、すぐに違うと気がついた。なぜなら、簡易魔術は二度は発動できないからだ。聖樹は確かに同じものを二度使った。おそらく、空気を操作する空気使いなのだろうが、原理が分からない。それに、魔術を発動しているなら魔法陣が出現するはずだ。いくら術の発動が早いとは言え、光くらいは見えるはず。がしかし、聖樹の使う技には光が見えない。本当に手刀で薙ぎ払っただけなのだ。
聖樹は馬鹿にしたように笑い、
「ま、種明かしくらいしてやろう。俺が使っているのは風雅流操風術。暗殺を得意とする最強と謳われた古武術だ」
「古武術?」
「ああ、そうだ。俺は第三七代目当主。先代たちは馬鹿だった」
聖樹はそう言って話を始めた。どうやら本気で佐々神とは戦いたくないようだ。
「この武術は昔から『気』を使っているとされてきた。一〇〇年ほど昔、『魔術の原理』という一つの書物が書き記された。それを見た一部の人間は、風雅流が使っているのは『気』ではなく『魔力』だということに気がついた。だがそれを、風雅流の人間は認めようとしなかった。古来より流れる『気』だと言い張り、魔術を否定した」
聖樹は突然、くすくすと笑い始める。
「だが、この様だ。今は風雅流は完全に廃れ、残ったのは魔術の存在を認めた俺一人のみ」
聖樹は笑うのを止めると、
「これは進化だ。古武術と魔術、両方を合わせた文字通り最強の術だ。魔術により魔力を完全に制御し、肉体を強化する。そして、古武術風雅流操風術の動き」
佐々神は口角を上げて言う。
「ベラベラと喋ってるとこ悪いんだが、結局風雅流ってなんだ?」
九割嫌味を込めて言ったが、聖樹に気にした様子はない。
「お前に分かりやすく言うなら……素手での空気断絶だ」
佐々神に衝撃が走った。




