第一章~Chapter 1~舞華の一撃
ようやく地獄が終わり、佐々神たちは教室へ戻る。
教室に着くと真っ先に学ランが飛んできた。
「なぁなぁ。今日どっか遊び行こうぜ!」
とりあえず、いろいろと突っ込みたかったが、無視することにした。
佐々神は大して乗り気ではなかったが、
「ああ、別にいいけど、どこ行くんだ?」
そう尋ねる。
が、案の定学ランは首を捻る。
「んー、どこだ?」
佐々神は、決まってないのか! とツッコミを入れてしまいそうになった。
(危ない危ない。ツッコミを入れたら思うツボだ)
佐々神はそう思い、適当に流そうとした。
が、その時、低い体勢から放たれた強力な一撃が学ランの脇腹目がけて飛んでいく。
「ッぐがぼォ」
学ランは訳の分からない叫び声を上げ、床を転げまわっている。
そして気になるのが、あの一撃を放った人物。おそらく、気付いていると思うが倉敷舞華だ。
身長は一六〇センチ強と女子にしては少し大きく、瞳も胸も大きい。髪の毛はセミロングで左右に一本ずつ三つ編みを入れている。髪の色は赤で地毛。
夏に合わせて、白いワイシャツに水色、青、紺のチェックのスカートを穿き、胸元はこの学校標準の柄のリボンをしている少女だ。
特に格闘技をやっているわけではない舞華の放つ一撃は、見習いたい部分もあった。
後から一人の少女が追って来る。
「ちょ、ちょっと、可哀想だよ」
後から追ってくる少女、巫梓だ。
身長は一五〇センチ程度で美山先生より少し小さい。黒い髪は頭の上のほうでツインテールにしてあり、余った髪は背中まで伸びている。
制服は白のワイシャツに赤に緑のラインの入ったチェックのスカートを穿き、紺の地にワインレッドとダークグリーンの刺繍がしてあるネクタイを締めている少女だ。
梓は学ランの容体を心配したが、舞華が「アイツは大丈夫よ」という意味不明な自信に満ちた発言に騙されていた。
佐々神は、目の前で起きた不可解な事件はさて置き、舞華たちに用件を尋ねる。
「で、なんで、学ランをぶっ飛ばしてまで来たんだ?」
妥当な質問だ。だが、舞華は悩みこむ。
「んー、なんでだろ? あー、なんかー、えーと……たまたま?」
なんという理不尽。しかも、疑問形だ。佐々神はさすがにこの時だけは同情した。
舞華はそれを気にした様子もなく、
「あ、そうだ! どうせだから、今日学校終わったらどっか行こうよ!」
佐々神はついさっき誘われた気がしたが、気にしないでおく。
(どうせ、出かけられそうにないしな)
そう自分に言い聞かせ、とりあえず舞華たちの話を聞く。
「どうするかー……リョーヘー。アンタどこ行きたい?」
佐々神は答える。
「んー、夏だしなぁ……暑いとこはヤダな。涼しいとこ」
佐々神は特に行きたいところはなかった。正直涼しいところならどこでもよかった。
舞華はその条件を元に、必死で脳内検索をする。
「あ……プールだ!」
とんでもないことを言いだした。おそらく、メンバーは佐々神、学ラン(多分)、舞華、梓だ。なんとしてでも学ランを連れていないと大変なことになる。
それに気付いた佐々神は、必死で別のところへ変えようとする。
「プ、プールか。プールもいいけど、たまにはボーリングでも行かない? ホラ、一緒にスコアに『G』を刻もうよ」
佐々神はボーリングが苦手だ。基本スポーツ万能な佐々神だが、ボーリングだけはうまく出来ない。なぜか気が付くと、数字より『G』の文字が多くなっていることがよくある。
だが、プールに行くよりはマシだ。気まずい思いはしたくない。そう判断した佐々神は必死に粘る。
が、虚しいことに、
「ヤダよ。アンタとボーリング行っても面白くない。弱すぎ」
一蹴され、佐々神は涙が出そうになるが、見られないよう俯く。
「とにかくプールに決定ね。学ランは連れて来ても連れて来なくてもどっちでもいい。つか、来なくていいけど。とりあえず、一時に学校の近くの駅の改札の中で待ち合わせね。遅刻したら全額おごりだから」
そう言うと、梓は焦っていた。佐々神は思う。梓の反応は正しい。舞華なら実際にやりかねない。そう思った佐々神は、肝に銘じておく。
とりあえず、学ランを起こさないことには始まらない。というか、とてもまずいので頑張って起こす。
「ん? ッ! ってててて」
学ランは上半身を起こしたが、激痛が走ったのか脇腹を押さえている。
佐々神は今世紀最大級の同情を学ランに贈る。が、それとこれとは別問題。腹が痛かろうが、腕がもげようが、佐々神は、学ランに来てもらわないと困る。
「おい! 女の子好きか? 好きだよな? 水着姿見たいか? 見たいよな? よし、プール行くぞ! 一時に学校の近くの駅の改札の中に水着持ってこい!」
佐々神は有無を言わさない勢いで迫る。だが、学ランは負けない。
「ぜっっっっったい、行く!」
(よかったぁ。今世紀最大級のバカで。あ、舞華たちと行くって言ってないな……ま、いいか。このバカは喜ぶだろうし)
佐々神はホッとするとすぐに席に着く。理由は簡単、すでにチャイムが鳴っているからだ。未だに床にベタっと座っている学ランの行方はどうでもいい。




