第三章~Chapter 3~行方
「佐々神さんもうすぐ医療班が来ますので待っててください」
そう言って男は携帯電話でどこかへ連絡する。おそらく、医療班だろう。
「大丈夫だ。もう動ける」
佐々神は立ち上がると男に向かって言う。
だが男は珍しく声を荒げる。
「だ、駄目ですよ。その魔術は光によって細胞を活性化させて痂皮――つまり、かさぶたを強制的に作って皮膚の再生を高速化すためだけの魔術なんですから!」
佐々神は男の注意も気にした様子はない。ただ、何かに脅されるように「自分の責任は自分で取る」そのことで頭がいっぱいだった。拳を握りしめ、
「そんなこと自分が一番わかってる。多分、二、三キロ走っただけで体中の傷が開いて血まみれになる。でも!」
握った拳にさらに力を込める。
「アイツは俺が助ける。どんなことがあったにしても、俺に責任があることは確かだ」
佐々神は駆け出す。異常なほど梓を助けようとする信念と共に――
男は携帯電話を再び取り出し、
「カ、カトレアさん! 大変です。佐々神さんが巫さんを助けに飛び出して行ってしまいました」
佐々神は高層ビルの群れから飛び出し、駅の方へと向かう。ここ数日ですっかり見慣れた景色は佐々神を迷わすようなことはしない。ただ、一直線で駅へと向かう。
「はぁ、っはぁ、はあ」
佐々神は息切れを起こし、両手を膝に付き立ち止まる。普段なら二、三キロどころか二、三〇キロは余裕のはずの佐々神だが、今回ばかりは一キロ程度走っただけで辛くなる。
このたった一キロも佐々神だからこそ出来る業で、普通の人なら立ち上がって壁を伝って歩くのがやっとだろう。佐々神はそれほど異常な体力を持っている。
「……ッ、はぁはぁ……ックソ」
まるで何かに取り憑かれたかれたように佐々神は再び走り出した。
なんとか重い体を引きずり電車に乗り込む。
佐々神のボロボロの体は周りの人にかなり不審に思われたが、今は気にしている暇はない。
発車音が鳴ると電車はゆっくりと加速していった。徐々に線路を走る音のリズムが速くなり、音だけで速いことが分かる。やがて、速度は落ちて駅に止まる。そんなことが四回程繰り返されたところで佐々神の目的地に着く。
佐々神は電車から降りて改札口へ向かう。平日の昼過ぎの金曜日という時間帯は人がほとんどおらず、急いでる佐々神にとっては好都合だ。
改札を駆け出た佐々神はある場所へ向かう。佐々神のよく知っている場所へ――
倉敷舞華は忘れ物を取りに一時休校になった学校へ来ていた。外から見た様子だと今は工事はしていない。お昼休みだろうと勝手に結論付ける。
(今なら大丈夫だよね?)
舞華は校門が少し開いていたのでそこを潜り抜け、中へ侵入する。誰かに見つからないように気を配り、教室を目指す。なんだかゲームみたいで少しテンションが上がる。階段を静かに駆け上がり、誰もいないことを確認して廊下を進み教室の前までたどり着く。
「よし」
思わず喜びの声を上げてしまった。少し恥ずかしい気もしたが誰もいないので気にしないことにする。
ガラガラ! と誰もいない教室に扉を開く音が響く。周りはとても静かで余計に音が目立った。誰もいなくて、何の音もしない教室は別の空間にいるかのように思わせた。
「そうだ! 早くしないと」
そう言って自分の机からノートや教科書、ワークなどを取り出し鞄につめる。忘れ物がないか再度チェックをし、教室を後にする。
来た時と同じ道を辿り校門を目指す。余裕が出てきたのか階段をゆっくり静かに下りる。一階と二階を結ぶ踊り場の辺りにさしかかると、足音が聞こえてきた。歩いているというよりも走っているに近い音がする。姿を見られないよう顔を少しだけだし、足音の正体を探る。
すると、見慣れた顔があった。佐々神だ。なぜこんなところにいるのか分からなかったが、佐々神の体は血まみれでシャツも所々破けていた。まだ春だというのにその格好は真夏のようだった。下は制服の黒い長ズボン。上は長袖のワイシャツを袖を捲りあげ半袖の状態になっている。
佐々神は膝に両手を付き呼吸を整えている。舞華はあそこまで佐々神が疲れている様子を見たことがなかった。やはり、あの血まみれの体のせいなのだろうか。舞華は心配になって声をかけようとしたがその前に佐々神は走り出した。舞華はその向かう先を目で追った。一瞬こっちに来るかと思ったが、佐々神は階段を上るのではなく地下へと下りて行った。
この学校は地下が存在するがほとんどの生徒が入ったことはない。理由は簡単、立ち入り禁止だからだ。地下は学校が出来た当初から立ち入り禁止だったらしい。中には教材など学校に大切な資料が保管されている。教師ですらめったに立ち入らない場所になぜ佐々神が入っていくのか。舞華はすぐにピンと来た。
「もしかして……」
舞華はスカートのポケットから携帯電話を取り出す。
「もしもし、亮平が……」




