第二章~Chapter 2~当然の焦燥感
佐々神は未だ魔法陣の書かれた黒い紙を握りしめていた。
(クソッ! なんで出来ないんだ!)
佐々神は苛立っていた。これが逆効果ということを知っていながら。
カトレアがニヤニヤしながら佐々神の元へやって来た。
「どう順調? 梓ちゃんはもう出来たんだけどね」
わざと苛立たせるように言う。
が、佐々神がその挑発に乗ることはなかった。
「あら、意外に冷静なのね」
カトレアは面白くなさそうに言う。
「まあ、出来ないことは元々分かってたしな」
佐々神は改めて自分が魔術を使えないことを認識する。
「はあ、まだ分かっていないの? 佐々神に君魔力が存在する以上、魔術を扱える。それは絶対なの。例外は存在しない」
カトレアは叱りつけるように言うと再び梓のところへ戻っていった。
梓はいつの間に出てきたのか分からないが椅子に座っていた。
ちなみにこれはサボりではなく休憩だ。きちんとカトレアから許可を取っている。
その隣にはいつの間に来たのかカトレアが立っていた。
「どお? 魔力出せそう?」
カトレアが尋ねる。
梓は今、休憩と並行して魔力を安定させるトレーニングをしている。このトレーニング自体は少し集中すればいいだけなので、体力を使うことはないし、ほとんど疲れない。なので並行して行っているのだ。
「んー、さっきのもう一回出すと立てなくなっちゃうかもしれません」
梓は何となく感じたことを伝える。はっきり分からないがさっきの力の抜けた感覚を参考にすると、立てなくなる気がした。感覚としては長距離走と変わらない。
「凄いわねぇ。あの一回でそこまで感覚つかんでいるんだぁ。努力じゃどうにもならない天才っているんだぁ」
カトレアが素直に感心する。カトレアが魔術を習ってすぐのときは全く感覚が掴めなかったどころか、魔力のイメージすら湧いていなかった。
と、カトレアは思い出す。
「て、天才? そ、そんなんじゃありません。感覚だからあってるか分かりませんし……」
梓は慌てて否定するとさらに言い訳を続けようとする。
カトレアはそれを遮るように、
「いいえ、アナタの感覚は正しいわ。アタシが見てもさっきのを使えば倒れると思うわ。それに魔術っていうのは精神面で大きく影響してくるの。だから、『自分は天才』、『どんな魔術も使える』なんて思いながらトレーニングする人は珍しくないわ。否定ばっかりしてると魔術が使えなくなるわよ」
カトレアはアドバイスとも叱咤とも取れる口調で言う。
梓は何かに引っ掛かった。
(精神面に大きく影響する? ってことは魔術が使えない人は、何らかの原因で魔力不足になっているか、精神面に問題があるってこと?)
梓は一つの結論に行き当たる。
では、魔力が十分にある佐々神が魔術が使えない理由は……。
梓はカトレアに尋ねる。
「もしかして……亮平君って素質はあるけど、心が魔術を使える状態じゃないってことですか?」
カトレアは明らかに呆れた顔をして、
「はあ、本人より先に他人に気づかれるなんて情けないわね。まあ、本人だからこそ分からないってのもあるんだろうけどね」
そう言って少し笑う。
「その通りよ。佐々神君が魔術を使えない原因は佐々神君自身の心構えに問題があるの。まあ、さすがにどんな理由かは気づいてないわよね?」
カトレアは梓に問いかける。
その問いかけに対して首を縦に振った。
佐々神は半ば諦めていた。
右手に握られた黒い紙は手汗でしわが付いていた。
それを握る右手はだらんと下に垂れさがり、とてもやる気があるようには見えない。
コツコツとリズミカルな足音と共にカトレアがやって来る。
「全くやる気はなさそうね」
カトレアは吐き捨てるように言う。
だが、佐々神は全く気にした様子はない。まるで、カトレアの存在を気づいていないかのように。
当然ながら、実際は佐々神は気付いている。
「俺は魔術が使えない、いくらやっても無駄だろ。そもそも『魔術の原理』ってのは本当に正しいのか? 証拠はあるのか?」
佐々神は冷静に相手に反撃の隙を与えないように口撃をしていく。
それに対しカトレアは至って冷静である。それどころか、馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「アナタの言ってることは、アナタの感覚で言うニュートンの万有引力の話を否定してるようなものよ? それがどれだけ間抜けなことか分かる?」
カトレアは馬鹿にしたような笑みを浮かべているわけではなく、実際に馬鹿にしていた。
佐々神は黙り込む。言い返す言葉が思いつかない。
「まあいいわ。今日は二人とも帰っていいわ。魔術を使わないにしても幻器のトレーニングもしたいから、明日迎えを用意するからもう一度ここにきてちょうだい。待ってるわ」
そう言って踵を返し、梓のほうへ向かう。おそらく帰る旨を伝えに行ったのだろう。
その後カトレアの会社の車で家まで送ってもらったが、佐々神は終始無言だった。




