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第87話 鬼神


 前回の場面の続きです。


 そのとき、突如として俺たちの頭上を影が覆った。


 龍に乗ったひとりの女子龍兵が、上空から滑空してきて地に降りたつ。

 彼女とその龍は、鬼のような気迫で大地を揺るがした。


「グレイスうううううぅぅぅぅ……!」


 ――『鬼神』セシリア。


 五帝将のひとりであるかのように登場した彼女は、女子偵察兵でレゼルの無二の親友だ。

 コオオオオォォ……! という感じで嚙みしめた口の両端から蒸気のようにオーラを吐きだしている。

 猫のようにぱっちりとした目を光らせてて怖い。


「あれほど私のレゼルを傷つけるなと言ったでしょうがあああぁぁぁ……!

 なに堂々とどこぞの馬の骨とイチャついとんじゃいいいぃぃぃ……!」


 ま、待ってくれ。これは誤解だ。

 それに、俺はあんたからそんなに直接的に言われた覚えはないぞ……!


「セシリア!?」

「セシ姉」

「この人誰でありんす?」


 レゼル、シュフェル、ネイジュはそれぞれセシリアの登場に思い思いの反応を見せている。


 セシリアは龍から飛びおりると俺のもとまで駆けよってきて、胸ぐらをつかんだ。

 彼女は涙目になりながら、俺のからだをぶんぶん揺すりはじめる。

 首がガクガク前後に揺れて痛いです。


「あんた、そこにいる女は誰だ!

 私とレゼルの目を見て言ってみろぉ!!」

「セシリア、私は大丈夫だから、ちょっとやめて!」

「だって。だって……!」

「あちきはこのお方の嫁でありんす!」


 さりげなく火に油をそそぐな。

 お前、氷属性だろ!


 セシリアはレゼルに取りおさえられながらも唇を噛み、きっ! と今度はネイジュのほうをにらみつけた。

 ネイジュに向かって指をさしながら、まくしたてる。


「だいたいあなた、急にでてきていきなりこの人(グレイス)の奥さん(づら)してどういうつもり!?

 それになんだ、そのたわわに実った乳は!

 私にケンカ売ってんのか!」


 待つんだセシリア。

 それはさすがに言いがかりだ……!


「グレイスさんはねぇ、私の無二の親友であるレゼルの想い人なのよ!

 ぽっと出のあなたが首つっこんでいいことじゃないの!!」


 レゼルは後ろで耳を真っ赤にし、両手で顔を覆ってうつむいている。

 友人の暴走ぶりに、もはやなにも言うことができないらしい。


「へぇ……?」


 ネイジュはニヤリ、と母親(ミネスポネ)ゆずりの妖艶(ようえん)な笑みを浮かべた。


「セシリア殿は、レゼ殿が先に主様(ぬしさま)に手を付けていたから、あちきに手を引けと言うでありんすね?」

「そ、そうよ! 当然じゃない!」

「でも、優れた異性を求めるのは動物の本能。

 そこに競争が生じるのは自然のさだめ」

「えっ」


 ネイジュはあっという間にセシリアとの距離をつめ、うなじに手を添えている。

 顔をぐっと寄せ、耳もとに口づけしそうな勢いだ。

 セシリアは急に頬を赤らめ、ドギマギしたような表情を浮かべている。


「より速く、より美しく……。

 殿方を(とりこ)にした者が勝利を手にするでありんす。

 その種の存続をかけた争いに、他者が口をはさむ余地なんてありはしない。

 違いまして?」


 仕上げに、首筋に冷たい息をひと吹き。


「はわわわ……!」


 腰くだけになるセシリア。

 威勢よくでてきたわりには口ほどにもないな……!


 ……どうやら、ネイジュと正面からまともにやりあえそうな女子はシュフェルくらいらしい。


 ちなみにエルマさんはどうかと言うと、娘たちとネイジュのやり取りをいつもの調子で「うふふ」とあたたかく見守っている。

 どうやら余計な干渉はしない方針のようだ。

 ネイジュのほうとしても、エルマさんはどことなく母親(ミネスポネ)の雰囲気と重なるらしく、(なつ)いているようだった。

 ついでにエルマさんのお胸はどうかというと……って、この話はもういいか。


 サキナはあまりネイジュに興味がないらしく、いたって普段どおりである。

 敵でさえなければそれでいい。

 特段きらっているというわけでもなさそうだが、あくまで他人事、という感じ。

 並大抵のことではブレないのもまた、彼女らしいといえば彼女らしい。


 ……やれやれ、仕方ないな。

 そもそも事の発端(ほったん)は俺の気まぐれだし、最大の当事者として、場をおさめる責任がある。

 ここは俺が心を鬼にして、この雪娘にビシッ! と言ってやらねば。


「ネイジュ、そこで放心状態になっているセシリアは放してやってくれ。

 その子にお前は刺激が強すぎる。

 ……みんなの言うとおりだよ。

 まずはみんなとも等しく仲よくできるようになんなきゃ、俺たちだけ孤立しちゃうだろ?

 これからは人や龍と仲良くしてくんだから、ここの規範(ルール)にもなじまなきゃ。

 俺にベタベタくっつくのは禁止だ」

「えぇ~……」


 ネイジュはしぶしぶ、という感じながらも、いちおう素直にセシリアを手放す。

 腰くだけになっていたセシリアはポイっと捨てられて、ベチャ! と地面に倒れふせている。


 ネイジュは指をイジイジしながら、言い訳をはじめた。


「だってぇ、あちきは早く主様と永遠の愛を誓いあって、氷漬けにしてそばに置いておきたいだけだし……。

 主様は、あちきの氷人形になりたくないでありんすか?」


 なりたくねぇよ!!

 まだ本気でねらっていたのか。

 ていうかダメだ、こいつは人間とは感覚が違いすぎる。


 ……だが、こういう性格の奴は無理に言いきかせても余計に反発するだけだろう。

 (なにより、逆上してこの場で即氷漬けにされかねない)


 危険なので、ここはうまいこと言いくるめて、はぐらかしつづける作戦にすることとした。


「ありがとう。その気持ちはうれしいよ。

 でも、俺にはまだ動いてやり抜かなきゃならないことがあるんだ。

 やり残したことがなくなったらちゃんと言うから、そのときまでは気長に待っていてくれないか?(ニッコリ)」

「う~ん……」


 ネイジュは腕を組んでしばらく考えこむようにしていたが、やがて納得したように目を見ひらいた。


「わかったでありんす!

 夫の意思を尊重して待つのもまた、妻の果たすべき役目!

 あちきは主様が心の準備ができるのを、従順(じゅうじゅん)に待つでありんす!」

「うむ、よろしく。

 それじゃ俺はヒュードのエサやりがあるから、また後でな」


 そう言って、俺はヒュードを連れてその場を立ちさることとした。

 なんとなく問題を先延ばしにしただけのような気もするけれども。


「……」

「こっそり少しずつ凍らせるな!」

「(チッ)」


 ネイジュがバレないように付いてきて俺の背中を少しずつ凍らせているのに気づくと、彼女は舌打ちをした。


 ……レゼルはまだ顔を覆ってうつむいたままだし、セシリアは地面に倒れたままだ。

 シュフェルはとうに飽きて、訓練に行ってしまった。

 ネイジュが好き放題やった結果、あとには焼け野原が残るばかりである。


 そんなこんなで騒々しく、ファルウルで過ごす残りわずかな日にちもまたたく間に過ぎてしまったのであった。




 第二部の終わりにひきつづき、第三部の始まりがこんなんでほんとうによいのかしら。


 ちなみに現時点での筆者の漠然としたイメージですが、レゼルはE寄りのD、シュフェルはD寄りのC、セシリアはC寄りのBです。

 細かい設定は今後、もっと詰めていきたいと思います。


 さて、次回投稿は2022/11/4の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします!

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