第85話 空の彼方へと消えた声
◇
――そして、解決すべき最大の問題はまだ残っていた。
時を少しさかのぼる。
傷病者の一次手当が終わり、氷の壁外の宿営地に戻って生存者の点呼を取りはじめたころのこと――。
俺は幹部衆の面々の前にネイジュを連れていった。
ネイジュを見た瞬間、皆が武器を構えたが、俺は彼女にはもう害意がないことを懇切丁寧に説明した。
そんな俺の苦労などまったく意に介することなく、ネイジュは俺の右腕に抱きついて、ぬけぬけとのたまったのであった。
「あちき、このお方と夫婦になることに決めましたの♡」
翼竜騎士団全員のさげすむような冷たい視線が、俺を貫く!
「おっ、俺はそんなことひと言も……!」
「グググっ、グレイスさん……?」
「アンタ、アタシ達がいないとこでなにやってんの?」
「最低」
「ちっ、違うんだこれは……!」
次々と俺へと浴びせられる罵詈雑言。
なんで俺が浮気の言いわけをしている夫みたいな感じになっているんだ……!
「あら? 嫌なのでありんすか?
夫になってくだされば、凍りづけにして永遠に若いままそばに置いといてさしあげますのに……」
「永遠の若さはいらないから、俺はずっと動いていたいっ!」
俺の拒絶が恥ずかしまぎれに聞こえているのか、ネイジュは「んふふ♡」とうれしそうな顔をして、よりいっそうぴたりと寄りそってくる。
しかし、なんというか……。
こういう伝説上の存在としてでてくる女性って、もっと慎ましやかな身体の線をしているものじゃないだろうか?
戦いのあいだは夢中で、とても気にしてる余裕がなかった。
着物の裾がはだけて、いつ胸が露わになってもおかしくない。
見ているだけでハラハラする……いや、目のやり場に困る。
ネイジュは、たいそうご立派な乳の持ち主だった。
「これからは、夫婦旅でありんすね♡」
「どうぞご勝手に」
騎士団の面々は「もう知らん」という感じでぞろぞろと立ちさっていく。
もう誰も俺の釈明を聞いてくれるつもりはなさそうだった。
最後に、レゼルがなにも言わずにこちらを一度だけ、チラッと振りむいていた。
「ち、ち、ち……!」
まるで動揺したときのレゼルのように舌がまわらない。
それでも、叫ばずにはいられなかった。
「違うんだこれはぁーっ!!」
俺の必死の叫びは誰の心にもいっさいの余韻を残すことなく、ファルウルの空へと吸いこまれ、消えていった。
章の終わりがこんなんでいいのかしら……!
さて第二部は今回で終了し、次回から第三部です。
第三部はすでに完成しており、現在は第四部を鋭意製作中です。
第三部は全体の真んなかの章ということで物語の自由度が高く、もっともエンターテイメント性の高い章に仕上がったのではないかと自負しております。
どうぞご期待ください!
次回投稿は1週間お休みをいただいたのち、2022/10/28の19時に予約投稿する予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




