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第79話 口喧嘩


◇グレイスの視点です

◆神の視点です


 ミネスポネはレゼルたちをうち倒したのち、頭上にある地下洞の出口を見あげた。

 彼女は自身の現在の状況を(かんが)み、残りの翼竜騎士団を滅ぼす算段を立てていた。


 ――小娘たちを潰すのに予想以上のちからを費やしてしまったが、騎士団の残党を皆殺しにするのにはじゅうぶんすぎるほどのちからと自然素が残っている。

 なにも問題はない。

 地上に戻って人間どもを()()()()凍死させていくだけだ――。


 そう考えた彼女に語りかけてきたのは、聞こえてくるはずのない声だった。


「お待ちなさい」


 ミネスポネが声をしたほうを振りかえる。

 そこにいたのは戦闘不能になったはずのレゼルだった。

 彼女は壁の亀裂(きれつ)のなかに埋もれながら、ミネスポネをにらみつけていた。


「私の仲間たちを……私の民を……!

 殺しに行くことはぜったいに許しません……!」


 レゼルはエウロとともに瓦礫(がれき)を押しのけ、ずり落ちるようにして地底湖の水際(みぎわ)に降りたった。


 ――立てるはずがない。

 防御をしていたとはいえ、『万物停止(ユニヴェルオレ)の華(・ネルフェーレ)』の直撃を食らったのだから……!


 ミネスポネは動揺を隠せなかった。


 ……実際、レゼルもエウロも戦うことなどとうていできないほどの重傷を負っているはずだった。

 彼女たちの意識をかろうじて繋ぎとめているのは、愛する仲間たちを護るための決意と、『夢の国』をつくるという高潔(こうけつ)な志のみ。


 レゼルたちの周囲を静かに、しかしちから強く風がめぐりはじめた。


「私の進む道の先に、龍御加護(たつみかご)の民すべての命が、レヴェリア全土の運命がかかっているんです……!」


 そう言って、レゼルは右手ににぎった剣を振り、風の斬撃を飛ばした。

 飛んでいった斬撃は、ミネスポネの氷の自動防御でなんなくうち消された。


「私にはこんなところで倒れるどころか、立ちどまっている(いとま)すらないのです!」


 レゼルは左手ににぎった剣を振り、再び斬撃を飛ばす。

 氷の自動防御で防がれる。


 レゼルは腕が重くて剣を持ちあげることすらつらかった。

 しかし、彼女は叫んだ。

 声を限りにして!


「そこをどきなさい、ミネスポネ!

 私が進む道を、(さまた)げるな!!」


 レゼルはありったけのちからを振りしぼり、風の斬撃を乱れ撃ちしはじめた!


 ……普段の優美で洗練された彼女の戦いかたからはかけ離れた姿。

 だが、彼女は必死だった。

 そしてどこにそれだけのちからが残されていたのか、無数の風の斬撃は乱れとび、ときには(たば)なり、激しい烈風となってミネスポネに襲いかかった!


 ――愚かなり!


 ミネスポネは苛立(いらだ)ちを覚えていた。

 レゼルは『万物停止の華』によって地下洞の壁の端まで吹きとばされており、この距離は完全にミネスポネの得意とする距離であった。

 遠距離からまともに撃ちあって、ミネスポネが負けようはずもない。


 だのに、この人間の娘は偉そうに口上(こうじょう)を述べている。

 瀕死(ひんし)に追いこまれ、まともな判断すらできなくなったというのか。


 この氷の壁内において、ミネスポネに歯向かってよい者などいないのだ。

 まして、自身より弱き者にそのような権利などあろうはずもない!


「小娘が!

 弱き者がわらわに指図(さしず)するなど百年早いわ!!」


 ミネスポネは怒りに任せ、水と氷の塊を撃ちかえしはじめた。


 ふたりのあいだの湖面上で、激しく水氷と風がぶつかりあい、爆砕(ばくさい)している。

 目に見えないほどまで細かくなった水の飛沫(しぶき)が散り、霧や蒸気となって舞いあがる。

 地下洞の広く、しかし限られた空間に鳴りやまぬ衝撃音がこだました。


「いいえ、私はあなたに命じます!

 それに私は小娘でも弱き者でもありません!

 神聖国家カレドラル女王、レゼル!!

 龍神の御名(みな)のもと、あなたを倒す者です!」


「其方の身の上などどうでもよいわ!

 早々に無駄な足掻(あが)きはあきらめて、死ぬがいい!」


「いいえ、私はぜったいにあきらめません!

 だいたい、氷銀の狐(あなたたち)は、どうして人間の戦いに首をつっこむのですか?

 (きつね)に国の統治を(ゆだ)ねるなんて、帝国皇帝はどういうつもりなんですか!」


 レゼルは顔を真っ赤にして、必死に剣を振るいつづけている。

 ミネスポネの苛立ちもまた、(つの)る一方だった。

 彼女たちの撃ちあいは、ますます激しさを増していく。


「……皇帝陛下はわらわたち人ならざる者にも寛容(かんよう)な御方。

 彼の方の崇高(すうこう)御意思(ごいし)を、其方のような愚か者が理解できようはずがないわ!」


 ――人ならざる者に寛容?


 レゼルはミネスポネの物言いにわずかな引っかかりを覚えたが、発言の真意をじっくり考えている余裕などない!


「あなたは、帝国皇帝の言いなりでもいいんですか!?

 帝国の各国での残酷な振るまい。

 あなたがたも不要と判断されれば、いつ滅ぼされても不思議ではない!!」


「皇帝陛下は絶対的な支配者にして、わらわたちの存在を認めてくださった御方。

 氷銀の狐(わらわたち)こそがこの島の本来の(ぬし)であり、土足で踏みこんできたのは人間どものほうだ。

 そして本来の主が島を統治することこそ自然の(ことわり)

 理の維持こそがわらわがもって生まれし宿命(しゅくめい)

 其方こそ、よそ者の分際で口出ししてよいことではないわ!!」


 執拗(しつよう)に食いさがるレゼルに、ミネスポネは激昂(げっこう)した。

 ……しかし、対するレゼルが見せた反応はミネスポネの想像に反するものであった。


「……へぇ?

 ほんとうにそれだけですか?」


「……!?」


 そのとき、レゼルが見せた妖艶(ようえん)な笑みは、まるで相対するミネスポネ自身のよう。

 ……いや、彼女の実母(じつぼ)エルマを彷彿(ほうふつ)とさせるものであった。


「あなたはただ賢王(けんおう)を自分のものにしていたいだけなんじゃないのですか?

 人と氷銀(ひょうぎん)の狐の争いなど建前にすぎない。

 ただ、自己の欲求を満たすためだけの行為」

「貴様……!」


 ――レゼルは王の間でとったミネスポネの行為に疑問を抱いていた。


 たしかに、この地下洞はミネスポネの実力を十二分に発揮する神秘の場所であったことだろう。

 だが、ミネスポネほどのちからを持っていれば、周囲を人質に囲まれているあの環境でじゅうぶん。


 レゼルたちにとってはかなり不利な状況であり、まともにやりあっていればレゼルたちは敗北していたに違いない。

 (レゼルたちが、人質たちの命をあきらめていなければ!)

 わざわざ北の山脈にまで誘いこむ必要はなかったはずだ。


 ミネスポネが北の山脈に場所を移した理由を考えたとき、レゼルがたどり着いた答えはひとつ。


 ミネスポネは人質をほんとうは()()()()()()()()()

 つまり、連れさった賢王のからだが崩壊し、死を迎えることを恐れたのではないか、と。


 レゼルは王の間を去る前、氷の束縛(そくばく)から解放され、奴隷として使われていた臣下ふたりに尋ねた。

 ミネスポネは普段、賢王をどのように扱っていたのかと。


 ――返ってきた答えは、レゼルの考えを裏づけるものであった。

『ミネスポネはいつも賢王を大切そうに扱い、恋人のように寄りそっていた』


「相手を氷人形と化してそばに置いておくことはできるでしょう。

 でも、なかに秘められた人の心まで支配できはしない!

 あなたの行為は空虚(くうきょ)、ひとりよがりな自己満足です!」


「貴様ぁ!

 わらわと()()()()()()の絆を愚弄(ぐろう)する気か!!」


 ミネスポネの怒りは頂点へと達し、水と氷の攻撃の勢いはいや増した。


 しかし、レゼルは攻撃の圧に押しつぶされそうになりながらも、本来の表情へと戻る。

 必死なのに変わりはないが、どこか相手を(あわ)れむかのような表情。


「いいえ、愚弄する気などありません!」


 レゼルはいよいよ、懸命に叫んだ。

 全力で振りまわしている両手は先のほうまで血が行きとどかず、すでに痺れて感覚がない。

 それでも彼女は、剣を振るのをやめなかった。


「たとえ種族は違えど、生きとし生ける者すべてに誰かを愛する権利があります!

 その権利を、私が守ります!

 そして、人種も種族をも垣根(かきね)を越えて、誰もが幸せに生きれる国を、私はつくるんです!!」


 ――この人間の娘(レゼル)は先ほどからなにを言っている?

 そして、なぜ無駄とわかっていながら必死になって剣を振るっている?


 ミネスポネは疑問を抱きはじめていた。


 レゼルは地底湖の水をまきあげるようにしながら、ひたすらに剣を振り、風の刃を飛ばしつづけていた。

 ……その行為が、ただの自暴自棄ではなく、()()()()()()だったとしたら?  


 そこで初めてミネスポネは自然素の気配をたぐり、頭上を見あげた。

 彼女はようやく、レゼルの真の狙いに気づく――。




 次回、いよいよミネスポネ戦決着です!


 次回投稿は2022/10/6の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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