第78話 共鳴の手ほどき
内容的には、前回の場面の解説編です。
◇
――あれはいつのことだったかな。
そう、まだ給油庫やジェドでの戦いの前、テーベの宿営地にいたころの話だ。
俺は以前、レゼルに共鳴のコツを聞いたことがあった。
といっても、本気で自分にレゼルたちみたいな龍の御技が使えると思って聞いたわけじゃない。
夜、宿営地のなかで小さく火を焚いているときに、ほんの世間話のつもりで尋ねてみたのだ。
だが、レゼルは俺の質問をばかにすることなく、親切丁寧に答えてくれた。
「そうですね。
とにもかくにも、まずはパートナーとなる『龍の鼓動』をよく聴くことです。
感じる、といったほうが正しいかもしれませんが」
この『龍の鼓動』に対する感度はかなり個人差があり、『龍御加護の民』のなかにも、『龍の鼓動』を聴くことだけならできる人間はけっこういるとのこと。
とは言え、レゼルの感度のよさは異常と言えるほどずば抜けているらしく、それも彼女の才能を支えている重要な要素のひとつらしい。
(こちらは後からブラウジに教えてもらった)
『龍の鼓動』――ブラウジは以前、『自然本来がもつ律動』と表現していた――を聴くことができるようになると、自分自身の『鼓動』とやらも認識できるようになってくるらしい。
だが、そこから『共鳴』するという段階にあがるところで、ほとんどの人間が振るいおとされる。
相方の『龍の鼓動』に、自分のなかに秘めそなわっている『龍の鼓動』を合わせる。
そもそも『龍の鼓動』がよくわからないのに、ましてやそれを合わせるとは、いったいどういうこっちゃ。
こうして話を聞いているだけではぜんぜん実感としてわいてこない。
自分のからだのどこを捻ったらそんなことができるのやら。
「『共鳴』は、歌を歌うことに似ています。
自分が持つ『龍の波動』は、全体を構成する楽器のひとつにすぎません。
相手の龍の波動をよく聞いて、それに乗せるのです。
波長同士がぶつかりあうことなく、調和の取れた旋律を奏でたとき、自然素を取りだして奇跡を起こすことが可能になるのです」
レゼルはそれこそ歌でも歌っているかのように、よどみなく『共鳴』の手ほどきをしてくれている。
聞く者に安らぎを与える彼女の声と、話しかたと、表情と。
理屈ではまったく理解できないのだが……。
もしかしたら俺にもできるかもしれない、と。
そう思ってしまったのだ。
彼女の話しぶりを聞いているうちに。
レゼルと初めて会ったとき、彼女は俺が『龍御加護の民』の系譜であることを指摘していた。
(俺はみなしごだったので、自分の出自を知らない)
なら、べつに試してみたっていいじゃないか。
そうして俺は空いた時間があると、ヒュードの『龍の鼓動』を聴いてみようと試みるようになった。
からだのあちこちに耳をあてたり、じーっと目を見つめあわせてみたり、クンクン匂いを嗅いでみたり……。
ダメだ、ぜんぜんわかんねぇ。
ヒュードはやや呆れている様子だった。
(ちなみにヒュードはお日さまの匂いがした)
――最初に俺が『龍の鼓動』を聴いた気がしたのは、崩れる覇鉄城からレゼルを助けだしたときのことだ。
腕のなかで眠る彼女の生死をたしかめるために顔を寄せたときに、聴こえた気がしたのだ。
トクン、トクン……。
心臓の鼓動に似てるけど、たしかに違う。
それはレゼルの『龍の鼓動』、強い命の輝きだったのかもしれない。
それで糸口をつかんだ俺は、ヒュードと向きあって本格的に訓練をはじめた。
カレドラルに滞在しているあいだ、ヒュードの『鼓動』を聴き、自分の『鼓動』を聴き、徐々に律動を合わせる感覚をつかんでいく。
この『共鳴』ができるかどうかは、多分に先天的な素質によるものであるとのことだ。
飽くなき鍛錬の末、例外的に素質に目覚める者もいないわけではないが、幼少時に試してダメならほぼダメらしい。
奇しくも他所からの流れ者で、非戦闘員である俺に才能があったというのは皮肉なことだった。
多少ナイフは投げれても俺の本職は『盗賊』であるし、まだまだ『共鳴』も実戦で使える練度ではなかったので、レゼルたちにもまだ言っていない。
だが、俺たちなりに訓練を続けて、ブレンガルドの刃先を火種にして小規模ながら火炎を起こせるようになったときは、ヒュードといっしょになって子供のようにはしゃいでしまった。
では、折れたブレンガルドの刃先をなぜ俺が持っているのか?
これは崩れる覇鉄城からレゼルを救いだすときに、とっさに拾ってしまったものだ。
(手癖が悪いのは相変わらずだ)
ヒュードが崩れる瓦礫のなかを避けて進むときに、目の前に折れたブレンガルドの刃先を見つけ、思わず拾いあげてしまったのだ。
そちらに一瞬気を取られたせいで、レゼルの腕をつかみ損ねそうになったというのは内緒だ。
折れた根元のほうが見つかったら素直に提出しようと思っていたのだが、いっこうに見つからないので、持ちつづけているうちに言いだす機会を見失ってしまっていた。
……だが、折れた刃先がもの凄いちからを秘めていることに気づいていたのは事実だ。
まるで、刃先そのものが生きているかのように。
大剣の刃先はとても懐にしまっておける大きさのものではなかったのだが、俺が手に取ってすぐに短剣ほどの大きさに縮んでしまっていた。
火傷するほどではないが、刀身は熱をもっており、懐に入れているだけでからだがじんわり熱くなる。
氷の壁のなかでも厚着しなくてもよいほどだ。
そしてなにより変化があったのは、ヒュードのほうだった。
ヒュードのからだもとても熱く、体色が赤みがかってきたのだ!
ヒュードは体色を自由に変えることができるので普段の煉瓦色にしていたが、気を抜くと赤みがかってしまうようだった。
――ヒュードは特定の属性をもたない龍だが、それは自然素をもたないということではない。
あらゆる属性の自然素を偏りなくもっているということであり、特定の自然素を取りこませることで一時的にその属性の自然素を引きだせる可能性がある。
そのことを、俺は騎士団の人々から教えてもらっていた。
つまり、折れたブレンガルドの刃先は、いまだに周囲に影響を与えるほどの炎の自然素を秘めていたということだ。
俺がブレンガルドの刃先を火種にすることを思いついたのも、その事実に気がついたときだった。
逆に言えば、刃先がなければ俺たちはまだまともに奇跡を起こすことはできない。
まだ『共鳴』の練度が低く、本番で失敗する可能性があった。
火炎の射程範囲までネイジュに近づける見込みはうすく、正直に言えばヒュードの『白擬態』が本命の策だった。
だが、こうして俺たちは運よくネイジュに近づき、そして『共鳴』を決めてみせた!
完全に不意をつき、氷狐は倒れ、奴は驚愕の表情を浮かべている。
……レゼルたちが負けただって?
そんなの俺は信じない。
『夢の国』をつくるその日まで、彼女は何度でも立ちあがるからだ!
次回は、いよいよレゼルたちのシーンに戻ります。
次回投稿は2022/10/3の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします!




