第72話 去りゆく仲間へ
◇
クラハが乗っていた氷狐は直上で冷気の放散をされた勢いに潰され、崩れて粉々になっていた。
「…………!」
ネイジュは姉が死んだことを悟り、氷狐に乗って大会議場の奥の通路へと逃げていく。
彼女が逃げていった先に、ミネスポネがいるのだろう。
「部隊長たちを、早くエルマさんのところへ!」
俺は大会議場の入り口付近で待機していた一般龍兵たちに、ガレルたちの救護を依頼した。
ガレルはすでにシュフェルの腕のなかで気を失っていた。
全身の斬り傷による出血と凍傷で危険な状態だ。
ティランも片足にもろに冷気を受けて凍りついており、とうてい動けそうにない。
早くエルマさんの治療を受けなければ、足が腐りおちてしまう。
アレスとサキナも全身に冷気を浴びており、戦闘続行は不可能だ。
……残念だが、彼らを庇ったアレスの龍や、ティランが乗っていた龍はおそらくもう駄目だろう。
「……ゴメン。ゴメンよ……!」
「今まで長らく世話になった。
……せめて安らかに、眠ってくれ」
龍にすがりつき、自身の足の痛みも忘れ、涙で顔をくしゃくしゃにするティラン。
動かなくなった龍に手をそえ、目をつむり、冥福を祈るアレス。
……翼竜騎士団の騎士たちは、龍と人のどちらかが戦死しない限り、その組みあわせを変えることはない。
移動の際はもちろん、日ごろの龍の世話、戦いのときと、ひと組の龍と人が長い時間を過ごす。
そうした時間の積みかさねが龍と人の一体感を生み、強いちからを発揮すると信じられているのだ。
戦場において強者であり、龍とともに高い生存率を誇る彼らだからこそ、共有した時間も長い。
レゼルも、彼らの悲しみを受けとめ、沈痛な面もちを浮かべている。
……だが、今の彼女に死んだ龍や人々に冥福を祈っている時間はない。
死者を弔うのは、戦いに勝利したあとだ。
「ガレルさん、アレスさん、サキナさん、ティラン君。
皆、最高の働きを見せてくれました。
あとは私たちに任せて、傷を癒してください。
皆さんのおかげで、私もシュフェルも、全力で戦えるから……!」
部隊長たちの活躍で、レゼルとシュフェルは最小限の自然素の消費でクラハを撃破することができた。
一般龍兵がちからを合わせ、自然素の操り手を倒したのだ。
その功績は翼竜騎士団の長い歴史のなかでも燦然と輝くものであることは、誰しもが理解するところだ。
それでも、サキナはどこかすまなそうな様子を見せながら、兵士たちに運ばれていく。
「レゼルさま、シュフェルさま、申し訳ございません……。
ちから及ばず、私達はここで退きます。
ご武運を……!」
「大丈夫、サキナもゆっくり休んでな!
あとはアタシと姉サマが、ミネストロネをぶったぎるからさ!!
ねっ、姉サマ!」
シュフェルがちから強く拳で手を叩いた。
レゼルも深くうなずく。
敵の名前がミネストロネに変わっているのはご愛敬だ。
サキナは安心したようにほほえみを浮かべると、ほかの部隊長たちとともに戦場を後にした。
俺とレゼル、シュフェルは後方で待機していた一般龍兵たちをひき連れて大会議場の奥の通路へと進んでいく。
途中の通路では、まだ残っていた氷狐たちが群れとなって襲いかかってきた。
「ここは、我われにお任せください!」
率先して一般龍兵たちが前にでて、氷狐たちを食いとめてくれている。
狐との戦いは彼らに任せ、俺たちはミネスポネがいるであろう、その先へと急いだ。
そしてついに最後の扉を開け、俺たちは目的地へとたどり着く。
大会議場ほどではないが、広い空間。
左右には何本もの立派な石柱が立ちならび、その合間には数多くの王の従者たちが氷漬けになっていた。
――ここは王の間なのだろう。
部屋の奥には、厳かな装丁がほどこされた玉座が設置されている。
玉座の前では、ミネスポネとネイジュがそれぞれ氷狐に乗って俺たちを待ちかまえていた。
ネイジュは母親に寄りそう子どものようにミネスポネの背後に。
そしてミネスポネは、大事そうに氷漬けになった人間を抱えていた。
人間……男のようだ。
それじゃあ、あれが賢王クルクロイ……!?
ミネスポネを認識したレゼルが、双剣を構えた。
「ミネスポネ!」
「てめぇ、ここに隠れていやがったか!
今度こそアタシたちがボコボコにしてくれるわ!」
「……! 待つんだシュフェル。
奴が抱えているのは……!」
俺が言うより早く、いきり立つシュフェルをレゼルが手で制した。
彼女も賢王が人質にとられていることに気づいたようだ。
一国の王が人質。
だが、たとえ王の命を犠牲にしてでも、俺たちは戦わなければならないというのか……!?
俺たちが逡巡して動けずにいると、ミネスポネのほうから話しかけてきた。
こうして近くで声を聞いてみると、彼女はからだの芯まで凍りつくように冷たく、それでいて心がざわつくほどに蠱惑的な声のもち主であった。
「よもや人間ごときにここまで来られるとは思いもしませんでしたわ。
褒めてつかわしましょう」
「……んだとォ……!
ずいぶんと上から物を言いくさりやがって……!」
ミネスポネはココココ、と嘲るように笑っている。
案の定シュフェルが噛みつくが、ミネスポネは意にも介さぬ様子だ。
「あなたがたにお仕置きするのは容易きこと。
……ですが、此処は戦いの場には似つかわしくありませぬ」
「……!?」
瞬間、レゼルはいぶかしげな表情を浮かべた。
ミネスポネが持つ水氷の短剣エインスレーゲンが青白く光を放つ。
彼女が短剣を振りかざすと、袖口から強烈な冷気が噴きだした!
俺たちの行く手を阻むように、厚い氷が道を閉ざす。
俺たちは身を刺すような空気の冷たさに、思わず身じろぎした。
「く……!」
ミネスポネはすぐそばに寄りそっていたネイジュのほうを振りむく。
賢王は大事そうに抱えたままだ。
「ここはいったん退きますわよ、ネイジュ」
「はい。お母さま」
ミネスポネは再度俺たちのほうを振りかえり、氷の壁の向こうから語りかけてきた。
「決着をつけたければ、北の山脈にいらっしゃいなさいな。
そこでお相手してさしあげましょう」
彼女はそう言いのこすと、ミネスポネとネイジュが乗った氷狐たちは身を翻し、王の間のバルコニーから白銀の世界へと飛びおりていった。
「くそっ……!」
俺たちは目の前に築かれた氷の壁の脇をぬけ、部屋の奥にあるバルコニーから下を見おろした。
ほぼ城の最上層である高さをものともせず、二匹の氷狐は雪原へと着地し、北の山脈のほうへと颯爽と駆けぬけていく。
「すぐに追いかけましょう!」
「ああ、行こう!」
「りょーかい、姉サマっ!」
後続の兵士たちはまだ氷狐たちとの戦いを続けている。
俺たち三人で行くしかない。
しかし、俺たちがすぐに飛びたとうとしていたところ、部屋のなかのほうからかすかに人の気配がした。
「助けて……」
「!」
気配に気づいて部屋のなかに戻ってみると、若い男女の従者ふたりがか細い声で助けを求めていた。
解凍されて奴隷のように使われていたのかもしれない。
ふたりとも寒さで凍死寸前だったが、エルマさんのもとへ連れていくだけの時間は残されていそうだった。
「アンタら、だいじょーぶ!?」
「もう少しでポルタリアのほうに連れていける。あとちょっとの辛抱だ」
俺たちは予備に持ってきていた防寒具で彼らのからだを包みこんだ。
間もなく後続の兵士たちがここにたどり着き、彼らを保護してくれるはずだ。
レゼルは衰弱している彼らを目の前にして、なにか考えこむような顔をしていた。
そして、思いきったように切りだした。
「つらいところごめんなさい。
ひとつだけ教えてもらえますか……?」
次回投稿は2022/9/13の19時に投稿予定です。仕事の都合が合わず、次回も予約投稿とさせていただきます。何とぞよろしくお願いいたします。




