第69話 宙を射抜く一本の矢
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城のかなり上層まで進み、残された階はあとわずかだ。
下の階ではまだ、味方たちが狐たちとの死闘を繰りひろげている。
階段を登ったところに大きく厚い扉があり、氷で閉ざされている。
レゼルが氷を砕き、エウロとヒュードが両開きの扉を押して開けた。
俺とレゼルが扉のなかに入ると、そこには荘厳かつ広大な空間が広がっていた。
球形に近い空間のなかには、幾重もの段の座席が連なっていて、どこの座席からも中央の壇上が見おろせるようになっている。
座席はかなり上方の位置にまで設置されているようだ。
――ここはどうやら、国事を議論するための大会議場のようだった。
そして、それらの座席や底部となる通路のあいだには、あらゆる場所に氷漬けとなった人々が配置されていた。
俺とレゼルがあたりを見まわして周囲の状況を把握しようとしていると、数多の氷棘が宙を飛んで強襲してきた!
「!」
「グレイスさん、伏せてください!」
とっさに共鳴をしたレゼルが、俺たちの前に風の渦を発生させて、氷棘をすべて叩きわった。
細かく砕けた氷片が、俺の顔にも振りかかる。
中央の壇上、と言ってもかなり広い空間なので、俺たちからは相応の距離がある。
その壇上には、例の双子、クラハとネイジュがそれぞれ氷狐に乗って、俺たちを待ちかまえていた。
「この方たちは……!」
「双子と遭遇した! 伝令を!」
俺は後方にいた兵士たちに、伝令を伝えるように指示をだした。
近くにいた数騎の兵士たちが、きた道を戻っていく。
ネイジュとクラハはこれまでと同様、ネイジュが水氷の自然素を練りあげてクラハが撃ちだす態勢だ。
「銀髪のほうがきた。
行くわよ、ネイジュ」
「はい、姉上」
ネイジュが練りあげている自然素の塊がよりいっそう大きく、濃密になって輝く。
塊に手をかざしていたクラハが叫んだ。
「さぁ、龍騎士の女よ。
踊りくるうがいい!!」
「!!」
クラハは氷棘をレゼルのほうにではなく、会議場のあちこちにいる氷漬けになった人々のほうへと無差別に飛ばしはじめた!
レゼルは事実上の人質となっている城の人々を守りに行かないわけにはいかない。
レゼルとエウロは飛びたち、氷棘のもとまで飛んでいって叩きわりにいった。
嵐のように飛んでくる無数の氷柱を、空中で叩きわるレゼルとエウロの反射神経、身のこなしは驚異的だ。
だが、城の人々を守るのに手いっぱいで、反撃の余裕がない。
龍の御技は周囲を巻きこんでしまうため、うかつに大技を発動することはできない。
機を見て風の斬撃を飛ばして攻撃をしようにも、射線に入ると双子たちは周囲の人間の後ろに隠れてしまう。
そうしてレゼルが人質の防衛に徹しつづけていると、ほんのわずかに生じた隙を見逃さずに、彼女自体を殺傷しようと鋭い一撃が飛んでくる。
レゼルは時折飛んでくる自身をねらった氷棘を、かろうじてうち捌いていた。
……氷漬けの人間がいる城内の環境を、最大限に活用されてしまっている。
ここまで敵に有利な状況を作られてしまうとは……!
しかし、レゼルの手助けをしようにも自然素の塊である氷棘を破壊できるのは、同じく自然素の操作ができる龍騎士だけだ。
俺はなにか自分にもできることがないか必死に考えながら、大会議場の入り口から見守ることしかできなかった。
「く……!」
――守らなければならない人々の数が多すぎる……!
レゼルはひとりで城の人々を守りつづけていたが、左右に大きく振られ、とうとう体勢を崩す。
その隙を見逃さず、クラハが氷棘で追撃した。
レゼルの背中に向かって、氷棘が迫る!
「しまっ……!」
だが、レゼルの背中を守り、身を呈して氷棘を破壊した者がいた。
「シュフェル!」
「助けにきたよっ、姉サマ!」
伝令を受け、城内を速やかに上層へ上層へと飛びあがり、シュフェルが駆けつけてきたのだ。
まずは双子との戦いを優先し、下層の氷狐たちの掃討は、ブラウジ率いる一般龍兵たちに任せてきたようだ。
「ちっ、やかましい金髪のほうもきたか。
でも、この空間ならひとりでもふたりでも変わらない……!」
クラハとネイジュは再び、氷漬けになった城内の人々への攻撃を開始した。
レゼルとシュフェルのふたりを足止めするように、同時に別々の二方向に氷棘を飛ばしている。
「シュフェル!
まずは城の人々を守りましょう!」
「城の人……!? わかった!」
シュフェルとクラムも、レゼルたちに負けない身のこなしで氷棘を叩きわっていく。
だが、やはり城の人々を守るのに手いっぱいで反撃をする余裕はない。
氷棘を破壊するのに最小限の自然素を使用しているが、このままではいずれ削り倒されてしまう。
「んああああぁっ!
ムカつくなァ、この状況!!」
案の定、守り一辺倒の展開に怒りをあらわにするシュフェル。
対してレゼルは、戦況を覆す方法はないか、思案しながら剣を振りつづけていた。
――なにか。
なにか現状を打破する方法はないの……!?
そのとき、大会議場の空間をまっすぐ射抜くように、一本の矢が飛んでいった。
入口のほうから放たれた矢は一直線に、クラハの胸めがけて飛んでいく!
「!!」
クラハはとっさに目の前に氷柱を作りあげ、矢を防いだ。
矢を放ったのは、もちろん……!
「お待たせしました、レゼル様」
「あの敵は、俺たちにお任せください!」
「我らの心は、主とともに」
「ボクも行くよ!」
君主の危機に駆けつけ、揃ったのは龍に乗った若き部隊長たち。
サキナ、ガレル、アレス、そしてティランだった。
四人の登場に、レゼルは喜びの色を浮かべた。
「みんな……!」
「レゼル様、俺たちが双子を狙います!
もう暫しのご辛抱を!」
「レゼル様たちはミネスポネとの戦いのためにちからを温存していてくだされ!」
ガレル、アレスが応えた。
そんなふたりに対し、シュフェルは空中の氷棘を叩きわりながら、叫ぶ。
「つったってさぁ!
アンタたち自然素の操り手と戦えんの!?」
「ですが、私たちがやらなければならぬのです。シュフェル様……!」
「そうそう! ボクたちに任せて!」
サキナ、ティランも応えた。
たしかに部隊長たちが言うとおり、彼らには水氷の自然素の塊である氷棘を防ぐ手立てはない。
ちから任せに破壊することはできても、冷気に飲みこまれてたちまち氷漬けにされてしまうことだろう。
城の人たちの守護にまわれない以上、彼らは攻めに徹するしかない。
レゼルはその事実を即座に理解し、決断をくだした。
「……シュフェル! 彼らを信じましょう。
皆さん、お願いします!」
「ちっ……!
アンタたち、戦場で死ぬなよ!」
新手が自分たちへの攻撃役にまわったのを見てとったクラハ。
だが、本気で勝つ気ならば城の人々の命など顧みず、レゼルとシュフェルが攻撃にまわるべき状況であるだろう。
自分たちのちからを侮られたことに、彼女は怒りとも冷笑ともつかぬ表情を浮かべた。
「あたしたちを舐めてかかるとはいい度胸だ、虫けらども!!
楽に死ねるなどとは思うなよ!」
クラハが諸手を広げてからだを反らせると、彼女の身を包みこむように周囲を濃厚な冷気と氷塊がめぐりはじめた。
「ネイジュ!」
「はい、姉上」
クラハが視線で合図を送ると、ネイジュは姉に供給しつづけていた水氷の自然素の塊を自分の手もとに引きよせ、そこからまた二方向に氷棘を発射しはじめた。
ひとつひとつの氷棘は小さくなったものの連射速度はまったく減ずることなく、的確に射出方向を分散させてレゼルとシュフェルの動きを封じている。
――こいつ、ひとりでもこれだけの攻撃ができるのか……!
雪原での戦いでの立ちまわりを見て、うすうす感じてはいた。
このネイジュという娘は姉の言いなりになっているように見えるが、要所要所で姉を手助けして、支えとなっていた。
こいつは有能であり、決して侮ることができない敵だ……!
氷棘が小さくなってレゼルたちの消費する自然素も少なくなっているが、やはり人質のあいだを縫って攻撃に転じることは難しい。
妹が城の人々への無差別攻撃を続けているあいだ、クラハが練りあげた氷塊と冷気を部隊長たちに向けて浴びせかけた!
「!!」
床を這うように、広範囲に展開されたクラハの攻撃。
大会議場の一番底面となる床の上にも数多くの氷漬けの人々がいたが、何人かのからだは今の攻撃で砕けちってしまった。
ガレルたちは避けて回避したり、柱の陰に隠れたりしてなんとか致命傷を避ける。
クラハのほうも、単体になっても恐ろしいほどの攻撃の圧力だ。
大会議場に、昂揚したクラハの声が響きわたる。
「あははははは!
さぁ、一方的な殺戮の始まりだ。お前たちが望んだことだよ、人間ども!
凍てつき、砕け、もだえ死ぬがいい!!」
次回投稿は2022/9/4の19時以降にアップロード予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




