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第68話 龍騎士封じ


◇グレイスの視点です

◆神の視点です


 爆音が聞こえたのち、あたりに立ちこめていた水氷の自然素が、急速に失われていく。


 雪原で戦いを繰りひろげていたクラハとネイジュも異変に気づいた。

 端正だが、いつも冷徹な彼女たちの表情に動揺の色が浮かぶ。


「いったい何が起こっているの……?」


 異変は、如実に戦果となって表れていた。


 とくに、彼女たちと違って自然素の自己調節ができない氷狐たちは大きな影響を受けていた。

 明らかに動きが鈍り、氷の息の威力が弱まっている。

 騎士団員たちはこの好機を見逃さずに、一気に攻めこんでいく。


 彼女たちとて、無尽蔵に周囲の自然素を取りこんで攻撃に使うわけにはいかなくなった。

 自己調節によって技の威力を維持することはできても、出力を高めればそれだけ量的な限界を早く迎えることとなる。


 クラハは忌まわしげに歯噛みした。


「人間どもの仕業(しわざ)か……!」

「姉上、どうする?」

「うるさい! 今考えてるの!」


 いらだちをぶつけるように、妹に噛みつくクラハ。


 そんな姉妹の目の前に、氷で(かたど)られた文字が浮かびあがった。

 審美性(しんびせい)をもつ洗練された書体であったが、人間には解読できない文字であった。


「これは、母上の……!」


 ――戦いをやめ、城のなかに撤退しなさい――


 母の言葉は絶対。

 クラハとネイジュはただちに行動に移した。


(おまえ)たち、城のなかに戻りなさい!」


 双子が指令をだすと氷狐たちは撤退を始め、颯爽(さっそう)と王城のほうへと駆けもどっていった。



「……!? 撤退した」


 レゼルは戦いを即座にやめ、背中を見せて逃げていく氷狐たちの姿を見送っていた。


 ――判断が早い。

 王城から戦況を俯瞰(ふかん)していたミネスポネが、なんらかの方法で指令をくだしたのだろうか。


 ……それにしても判断が早すぎる。

 騎士団が優勢になっていたのは間違いなく、その判断の早さは見事と言わざるをえない。


 だが、ここまで(いさぎよ)く撤退に踏みきれるものだろうか?

 王城に戻ることで、さらに状況を(くつがえ)す秘策があるということ……?


「レゼル!」

「姉サマ!」

「姫様!」


 グレイスやシュフェル、ブラウジが彼女のもとに集まってきた。


「作戦はうまく行ったようだけど、敵さんはあっという間に逃げちまったな」

「キィ~、今からボコボコにしてやろうと思ってたのに!」

「まずは、姫様がご無事のようでなによりですじゃ」


 それぞれ思い思いのことを述べているのを聞き、レゼルはうなずいた。


「敵は籠城(ろうじょう)する作戦に切りかえたようです。

 すぐに軍を再編成して、城内に攻めこみましょう。

 勝負を決するなら、今です!」


 レゼルの指示に従って、騎士団は速やかに集結して再編成を行い、城への進軍を開始した。


 その間、ルトレストの王城は不気味に黙していた。

 騎士団の到着を、今か今かと待ちうけているかのように。



 俺たちが城壁を飛びこえると、城の基部は厚い氷で完全に覆いつくされていた。

 どこか侵入できそうな箇所を探すと、城の中層に空中庭園があったので、そこを目指すこととした。


 騎士団員たちは次々と空中庭園へと降りたった。

 本来は、龍の離着陸場を兼ねていたようであり、庭園から城の内部へと出入りできるようになっている。


 と、一番最初に空中庭園に降りたった数人の騎士団員が異変に気づく。


 あたりを見まわすと、小さく透明な氷の結晶が空中をふわふわと(ただよ)っているのだ。

 立ちどまって目を()らせば見えるが、移動中は注意しなければ見逃してしまいそうになる。

 巨大な雪の結晶のようでもあり、美しいといえば美しい光景ではある。


「なんだこれ……?」


 騎士団員のひとりが思わず手を伸ばすと……。


 ――氷の結晶が、弾けた。


「あ゛ぁっ!」


 弾けた氷の結晶は無数の氷の針となり、手を伸ばした兵士と龍を串刺しにしてしまった!


 兵士は絶命し、周囲にいた何人かにも針が刺さってしまっていた。

 ミネスポネが仕掛けたであろう、高性能で強力な死の罠。


「罠です! みんな近づかないで!」


 仕掛けに気づいたレゼルが皆に注意をうながした。


 レゼルが見やるのと同時に、サキナが五本の弓矢をつがえた。

 彼女もまた、弓矢を放つ前に前衛の兵士たちに指示をだす。


「離れなさい! 『五重奏(クインセオ)』!!」


 サキナが五本の弓矢を同時に放つと、全ての矢が小さな氷の結晶を撃ちぬき、砕いた。

 彼女の部下も次々と矢を放ち、氷の(まと)を破壊していく。


 庭園の空中に浮かぶ氷の結晶がすべて撃ちぬかれたところで、レゼルがさらなる指示をだす。


「十騎でひと組になり、各組にひとり『翼』の隊員がつくように!

 宙に浮かぶ氷の結晶を破壊しながら進んでください」


 城内にどれだけの罠が仕込まれているかは不明だが、俺たちの勢いを削ぐのに非常に有効な作戦と評さざるをえない。

 機動力が()がれるので味方を分散させなければならず、全員でまとまって行動することができない。


 また、現状では敵の勢力が城内でどのように配置されているのかもわからない状況だ。


「この庭園を起点として、ふた手に分かれます。

 上層階には私が、下層階にはシュフェルが行きましょう。

 ただし、ミネスポネと遭遇(そうぐう)したら単身では戦わないように。

 伝令を送って、必ずふたり揃って戦うようにしましょう!」

「りょーかいっ、姉サマ!」


 シュフェルがうなずくと、騎士団は城内へと進軍を開始した。


 ブラウジが指揮をとり、速やかにレゼルの指示どおり再編成されていくさまは見事だった。

 彼が長きにわたって国の重鎮を任されているのも、納得の手腕だ。


 上層階へは主にレゼル、アレス、サキナ、ティランたちが向かい、下層階へはシュフェル、ガレル、ブラウジや重装龍兵五人衆が向かうこととなった。

 俺も、レゼルたちについて上層階へと向かうこととした。



『翼』の隊員たちが中心となって、氷の結晶を砕きながら城内の探索を進めていく。

 軽装兵のなかには、補助として弓矢を装備している者もいるので、彼らも必死に結晶を撃ちぬいている。


 だが、城内に入って、すぐに気がついたことがあった。

 俺は……いや、俺だけじゃない。

 騎士団員たちは皆、数多く並ぶ()()に目を奪われてしまっていた。


「これは……!」


 氷の城内に立ち並んでいたのは、生きたまま氷漬けにされた城の住人たち。

 彼らは皆、氷漬けにされた瞬間の表情、体勢のまま凍ってしまっていた。


「この人たちはみんな、生きているのか……?」

「……ええ、生きています。

 そもそも龍御加護(たつみかご)の民ほど明確なものではありませんが、彼らからも弱く龍の鼓動を感じます。

 ゆっくりと命を(むしば)まれ、なかには命が尽きてしまっている方もいますが……」


 俺の問いかけに、レゼルは苦痛に満ちた表情を浮かべて答える。

 こうして何年も、生きたまま氷漬けにされているなんて……!


 だが(あわれ)みの情が湧くのと同時に、俺はある考えにたどり着いた。

 レゼルもほぼ時を同じくして、気づいたようだ。

 敵が場内に潜んだ、真の理由に。


「これだけ城の方々が動けずにいたら、()()()は戦いづらいですね」

「ああ、それが敵の狙いってことか……!」


 敵が場内に潜んだ理由。

 それは間違いなく、『龍騎士封じ』だ。


 レゼルたちがその気になれば、龍の御技で城ごと破壊し、敵を(あぶ)りだすことだって可能だ。

 だが、実際に城内に入ってこれだけ氷漬けにされた人々がいることを知ってしまったら、うかつに技を発動することはできない。

 大規模破壊どころか、通常戦闘でさえ細心の注意を払わなければならなくなる。


 城内の人々は利用価値があるかもしれないと踏んで氷漬けのまま置かれていたのだろうが、まさしく今、城じゅうに残された大量の人質になったというわけだ。


 そうこうしているうちに、氷漬けの人々の合間を()って、氷銀の狐たちが襲いかかってきた!


 限られた空間の城内では高さの利をとることもできない。

 城の各所で、激戦が始まった。

 下層階のほうからも、激しい(いくさ)の音と声が聞こえてくる。


 レゼルは狐との戦いは極力一般龍兵たちに任せ、ミネスポネと、囚われた賢王クルクロイを探すことに専念した。

 風のちからを最小限に使い、邪魔となる氷の結晶だけをうち払っていく。


 横目に、何人かの兵士たちが狐に首を噛みちぎられ、倒れていく様が映る。

 水氷の自然素がうすれて狐たちも弱体化しているとはいえ、一般龍兵たちとの戦いはまだまだ互角だ。


「……!」

「レゼル、自分の戦いに心を向けるんだ」

「……はい……!」


 俺とヒュードは必死にレゼルとエウロの速力(ペース)に付いていく。

 一般龍兵たちの命がけの奮闘(ふんとう)に支えられ、レゼルは大きな戦闘に巻きこまれることなく、城の上の階へ、上の階へと進んでいった。




 次回投稿は2021/8/31の20時以降にアップロード予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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