第65話 それぞれの戦う理由
前回の場面の続きです。
◇グレイスの視点です
◆神の視点です
◇
夜の滝壺のそばで、部隊長たちは模擬戦の反省会を行っている。
あたりには滝壺に水が落ちる音と、たくさんの虫が鳴く声がひしめきあっていた。
「うーん、やっぱりゼルさんたちのようには連携がうまくいかないなぁ」
ティランが腕を組みながら考えこんでいる。
あどけない顔だが、眉根を寄せて一生懸命考えているのが伝わってきた。
ゼルさんたちというのは、ブラウジ直属の重装龍兵五人衆のことだ。
最近は部隊長たちの台頭がめざましく活躍の場をゆずっている感があるが、かねてから騎士団の主力であったこともあり、その連携の見事さを尊敬している騎士団員は多い。
もっとも、彼ら自身は空き時間の多くを踊りの合同練習につぎ込んでおり、あまり後進の指導に熱心ではなさそうである。
「まぁ、ゼルさんたちは同じ型の戦士どうしの連携だからなぁ。
そのまま真似しようってわけにはいかねぇんじゃねえか?」
「フム。
それでは発想を逆転させて、われわれも型を揃えてみるというのはどうだ?」
アレスの発言に、ティランとガレルの視線が集まる。
アレスはいたって真面目な表情だ。
「エぇ!? そこから始めるの!?」
「揃えるって、誰の型に揃えるんだよ?」
「フム、そうだな。
体格的にあいだをとって、ガレルかサキナ殿に揃えるというのはどうだろうか」
「そもそもみんな得物が違うんだから、体格とかの問題じゃないんじゃねえかぁ?」
「ボク、長剣も弓矢も使えないや……」
「…………」
……あれ!?
もしかしてコイツ、賢そうに見えてちょっとおバカじゃない?
ガレルもティランもなに自然に受けいれてんだよ。
サキナさんも「我関せず」って顔してないで、なにか言ってあげて!
心のなかのツッコミが追いつかなくて、胸が張りさけそうになる。
……だが、彼らはいずれも翼竜騎士団が擁する数々の猛者たちを追いぬいた天才中の天才たちだ。
天才の考えというのは、俺のような凡人にはとうてい理解が及ばぬものなのだろう。
俺は口からでかけた言葉をそっと心にしまって、彼らのやり取りを眺めていることに決めた。
彼らはある程度話し合いがまとまったところで、また様々な連携や陣形を試しはじめる。
気になるところがでてきたら、また話し合う。
ときどき、抜けてること……もとい、天才的なことを言ってはいるが、彼らがメキメキと実力をつけてきた理由がわかるような気がした。
いつまた氷銀の狐たちが襲撃をかけてきて、休めるかどうかもわからないというのに。
そんな彼らを見ているうちに、俺は自然と笑みを浮かべてしまっていたことに気づく。
また話し合いが終わって練習に入ろうとする彼らに、思わず声をかけてしまった。
「……あんたら、ほんとうによく頑張るんだな」
声をかけられて振りむいたガレルが、にっかりと笑う。
「おおよ!
今度こそ俺たちの腕で、あの狐どもにひと泡吹かせてやるんだからよ」
「……あんたらは、なんでそんなに頑張れるんだ? やっぱり帝国が憎いのか?」
俺はふと、彼らの動機を尋ねてみたくなった。
ガレルは首をひねって「うーん」と考える素振りを見せる。
「そりゃあ、私怨はじゅうぶん。
俺らはみんな家族や親しい人間を殺されている。恨みがあるのは当然ってもんさ。
それは旦那も同じなんだろ?」
聞けばガレルは家族を殺されて天涯孤独。
サキナとホセの姉弟は両親を亡くしているし、ティランは兄と妹を殺されている。
アレスは家族はみんな健在だが、もっとも親しい友人の命を奪われたらしい。
……俺も過去に家族同然の仲間たちを失っているが、悲しみを背負っているのは皆同じなのだ。
「……だが、今はそれだけじゃねえ!
悲しみを抱えているだけじゃ、今より強くなれねぇんだよ」
そう言って、ガレルは訓練用の剣を前方に突きだした。
彼の視線は、その切先よりはるかに遠く。
星々の浮かぶ空へと向けられていた。
「レゼル様は『夢の国』をつくるために、想像もつかねえほど苦しい戦いを続けてきたのを、俺たちは知っている。
シュフェルも、レゼル様の夢を叶えるためなら命を懸けてる」
「ボクらは、レゼル様とシュフェル様のチカラになりたいんだ」
「もちろん、我ら自身の成長を楽しむ気持ちもあるがな」
「すべては主のために。
それが、私たちの存在意義」
「……ま、なんだ。
要は俺たちみんな、強くて頑張るレゼル様とシュフェルが、大好きなんだよ」
そう言って、ガレルはまたにっかりと笑った。
――自身のため。敬愛する主君のため。彼らは戦い、強くなる。
ガレルは、前方に突きだしていた剣を手もとに引きよせた。
木製の刀身を見つめながら、話を続ける。
「……このあいだの戦い。
俺たちはミネスポネはおろか、あの双子にすら手出しできなかった。
正直、ちからの差を突きつけられて絶望したよ。
でも、俺たちにも絶対になにかできることがあるはずだ!
このままあきらめるわけにはいかねえ!」
「相手の戦闘手段、行動様式さえわかっていれば、我ら一般龍兵にも一矢報いることができる状況があるはずだ。
さらに検討を重ねてみよう」
「そうね。
戦略に特化して武具を加工するのもよいかもしれないわ」
「いいね! どんどんやってこー!」
そうして、部隊長たちはまた訓練に戻っていった。
……彼らは、彼ら自身の務めを果たそうとしている。
俺も、俺の務めを果たさなきゃな。
そうでなけりゃ、俺がここにいる意味がなくなっちまう……!
ファルウルでの夜がまた一夜、過ぎていく。
◆
グレイスたちが戦いの準備を着々と進めていたころ。
ルトレストの王城、王の間でのこと。
ミネスポネは自身が乗る氷狐を背もたれにして寄りかかり、いつものごとくくつろいでいた。
もちろん、氷人形と化した賢王クルクロイをそばに置いて。
「母上」
部屋の暗がりから、クラハとネイジュがふたり組の幽霊のように、音もなく現れた。
これまたいつものごとく、姉のクラハが主になって母親に話しかけた。
「人間どものほうで動きがあった。
近々また攻めてくるみたい」
「あら、そう。
そろそろ音をあげで立ちさるころかと思ってましたのに。
存外、しつこい方々ですわね。悪戯が足りなかったかしら?」
ミネスポネは服の袖で口元を隠し、クスクスと笑っている。
対して、クラハは表情を変えずに話を続けた。
「……あと、母上。
森のなかに隠すようにして、四艇の飛空船が停泊してるのを見かけたって。
夕方、奴らに襲撃をかけた狐たちが騒いでた」
「飛空船?
あの方々の陣地にあったということは、アイゼンマキナ製のものかしら」
「たぶん、そう。
それに、船の周囲は火薬の匂いがぷんぷんしてて、鼻が曲がりそうだったって言ってたよ」
「ほう……」
ミネスポネは再び、服の袖の下で妖しく笑う。
まるで、自分たちに仇なす人間どもの愚かさを、あざ笑うかのように。
第一部ではクールで飄々とした感じで登場したグレイスさんですが……。
個性豊かな騎士団の面々に振りまわされているうちに、いつしか自身にツッコミ属性が芽生えていることにまだ気づいておりません。笑
次回からまたバトルに突入していきますので、ご期待ください!
次回投稿は2022/8/22の20時以降にアップロード予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




