第64話 夜の滝壺で
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俺がレゼルたちとポルタリア商会の本部を訪問してから、さらに十日ほどの日にちが経っていた。
カレドラルにいるホセからの支援を待ちながら再出撃の準備を整えていたのだが、その準備に時間がかかっていたのだ。
その間、敵も何もしてこなかったわけではない。
何もしないどころか、毎日昼夜を問わずに騎士団の宿営地を襲撃してきていた。
一度の襲撃に、氷銀の狐が数百匹ほど。
奴らはルトレストの王城のほうから雪原の雪を潜って移動してきているらしく、氷の壁もすり抜けて、突如として現れる。
狐たちが氷の壁から颯爽と走りでてきたのに気づくと、偵察兵が伝達し、あわてて迎撃の態勢を整える。
しかし、狐たちも壁外では本来の実力が発揮できないことをわかっているので、ある程度打撃を与えたら、手痛い反撃を受ける前に走りさっていってしまう。
明らかに、こちらの兵士を疲弊させることが目的の襲撃だった。
奴らには自然素の消耗による弱体化はあるものの、どうやら心身の疲労という概念は存在しないものらしい。
昼夜を問わず攻めてこられては、こちらの神経がすり減らされてしまう。
かといって、襲撃に対してまったく対応しないわけにもいかない。
交代で休む時間はとらせてはいるものの、日にちが経過するごとに騎士団員たちは疲弊し、心身の疲労は限界に近づいていた。
ミネスポネが易々と騎士団の撤退を許したのも、長期戦でこちらを削る戦略があったからなのだろう。
また、氷の壁外には人間の帝国兵たちもまだまだ数多くいて、基地も各地に点在している。
防衛の最重要拠点である要塞『レスケイド』を真っ先に攻め落としたことで指揮命令系統が破壊され、今は二の足を踏んでいる状態らしい。
しかし、そろそろ軍を再編成し、騎士団を襲撃してきても不思議ではない。
騎士団員が疲労で倒れ、人間の帝国兵まで活発化する前に、ミネスポネを倒してルトレストを奪還しなければならなかった。
――決戦のときは、近づいていた。
次の出撃がせまるある日の夜、俺はヒュードといっしょに騎士団の兵士たちの様子を見まわりに行っていた。
宿営地では、いつ狐たちの襲撃がきてもいいようにテントの外で待機している兵士たちがいたが、皆疲れていて、うとうと舟をこぎだしている者も多かった。
襲撃に対しては、レゼルやシュフェルは極力対応しないことになっていた。
彼女たちにはミネスポネとの戦いへの備えに専念してもらうために、一般龍兵たちが自ら買ってでて、防衛に当たっているのだ。
一般龍兵たちも、彼らなりの戦いを続けている。
しかし、彼らの限界は確実に迫っていた。
もってあと数日、早く戦いの準備を完成させなければならない。
……そして、そんな厳しい状況のなかでも、たゆむことなく己の腕を磨きつづけている者たちがいた。
宿営地は湖沿いに設営されているが、湖の反対側は森に囲まれていた。
湖のほうからめぐっていって、宿営地の端のほうまで差しかかったところだった。
茂みの奥のほうから、なにやら激しい打ち合いの音が聞こえてきた。
不審に思い、俺とヒュードは音に導かれるまま茂みの奥のほうへと進んでいく。
ちょうど茂みを抜けた、そのときであった。
俺の目の前を鋭いなにかが高速で通りすぎ、そばの樹木の幹に突きささった!
――弓矢だ。
樹に刺さった弓矢は、ビイィィィンッ……! という音を鳴らしながら矢羽根を揺らしている。
俺の、すぐ目の前で。
「あっ……」
弓矢が飛んできた方向を振りむくと、サキナが「しまった」という顔をしていた。
……近い。近かったぞ、今のは……!
まばたきしてたらまつ毛にかすりそうな距離だった。
弓矢は訓練用に先端の刃が木製のものになっているが、頭蓋骨のうすいところなら軽く貫いていることだろう。
……あれ?
俺もしかして今、死ぬとこだった?
大量の冷や汗が、遅れてダラダラとでてくる。
サキナが龍に乗って近づいてきた。
彼女は木に突きささった矢を引きぬくと、俺に向かって頭をさげた。
「ごめんなさい、つい的に集中してしまって。
ときどき、狙いをつけると的以外なにも見えなくなることがあるの」
淡々と謝るサキナ。
あまり悪びれている様子がないのが怖い。
……てか、意外とアブない人だなこの人。
今まで犠牲になった騎士団員がいなかったか心配になってしまう。
「……あんた、こんなとこで何してたんだ?」
「次の出撃に向けて、ガレルたちといっしょに連携の訓練をしてたんです」
打ち合いの音がするほうを振りむくと、そこではガレルに向かってティランとアレスが組んで模擬戦を行っていた。
あたりは小規模ながら滝壺となっており、宿営地に面する湖のほうに向かって水が流れている。
「あ、グレイスさん! やっほー」
「お、グレイスの旦那」
「グレイス殿」
ティランたちも俺がきたことに気づいたようで、こちらに手を振っている。
彼らは戦いの手をとめて、俺たちのほうにやってきた。
あらためて軽く挨拶をかわすと、彼らは再び訓練のことに頭を切りかえ、模擬戦の反省会を始めた。
……たまたま居合わせる感じになったが、せっかくなので俺も彼らの訓練を見学させてもらうこととした。
姉がアブなっかしいと、弟はしっかり者になるようです☆
こまかく区切っててすみません。
あと二回ほどでまたバトルに突入していきますのでお許しください。
次回投稿は2022/8/20の19時以降にアップロード予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




