第51話 氷漬けの賢王
◇グレイスの視点です
◆神の視点です
◆
氷の壁内の中心で、街ごと氷漬けにされた王都ルトレスト。
そして、都市を象徴するように建造された荘厳な王城。
その王城の王の間に、彼はいた。
――賢王クルクロイ。
ファルウル王家の長い歴史上でももっとも賢く、若くして王位についたといわれる名君。
だが、いまやこの王城の支配者では彼ではない。
彼は、生きたまま氷漬けにされていた。
そして、氷のなかで黙したまま立ちつくす彼に、寄りそうようにしてくつろいでいる者がひとり。
五帝将、『氷華』ミネスポネ。
氷のような瞳に、氷細工のように繊細で長い髪。
一枚の布地でできた服でからだを緩く包み、腰に巻いた布で結んである。
ミネスポネはこの世のものとは思えないほど美しい女将だった。
彼女の危険さを知らない者が見たら、その姿かたちの美しさにため息をついたことだろう。
だが、彼女の吐く息はひと息で全身が凍りついてしまうほどに冷たかった。
そんなくつろいでいる彼女のもとに、いつの間にかふたりの少女が姿を現していた。
ふたりの少女は互いに双子のようにそっくりであり、そして各々がミネスポネをそのまま幼くしたかのように、顔立ちも衣服も彼女にそっくりである。
双子のうちのひとりの片手には、城の住人が首根っこをつかまれて引きずられていた。
城の住人をつかまえているほうの少女が、ミネスポネに話しかけた。
「母上。
よその島からきた人間どもに、滝の要塞が落とされたみたい。
今はこの城を目指して向かってる」
「ほう? ……どこのどなたさまかしら」
「おい、人間。説明しろ」
少女は自分がつかんでいる人間に命じた。
ミネスポネたちは氷漬けにした城の住人たちのうち、何人かずつ解凍しては下働きにしたり、壁外の人間たちとの伝令役にしていた。
首をつかまれて惨めににひざまいている彼も、かつては城の重臣だった。
彼らは使いものにならなくなると――すなわち寒さで死んで動かなくなると、捨てられて次の人間が解凍されていた。
男は恐怖で顔を引きつらせ、震える声で説明を始めた。
「は!
で、伝令によると復興したカレドラルの翼竜騎士団とのことです。
首領レゼルをはじめ、三人もの龍騎士がいるとのことです。
ししししかし、ミネスポネさまの前では彼奴らも赤子同然とのこ――ゲボァ!」
少女は首から手を放し、男の腹を蹴った。
少女のちからとは思えぬほどの勢いで、男はふっとんでいった。
「聞かれたことにだけ答えろ」
「…………」
男を蹴った少女が冷たく言いはなつ。
双子のうちのもう片方は、先ほどから黙って事の顛末を見守っている。
ミネスポネはさも悩ましげな様子でため息をついた。
「龍騎士……。
オスヴァルト殿を撃ちやぶったという御方で間違いなさそうね」
「ねぇ、母上。
その龍騎士とやらがきたら、あたしたちも殺っていい?」
男を蹴った少女が、さも当たり前のことのように母親に問いかける。
対して、ミネスポネはまさしく慈母のようなほほえみをうかべ、うなずいた。
「もちろんよ、クラハ。
……ただし、楽に死なせたら駄目ですよ。悪い子にはきちんとお仕置きをするの。
いいわね?」
「わかってるわ、母上」
クラハと呼ばれた少女は踵をかえし、立ち去ろうとした。
立ちさり際、もうひとりの少女に声をかける。
「行くわよ、ネイジュ」
「…………」
瞬間、クラハはネイジュと呼んだ少女の頬を平手で打った。
男の腹を蹴ったときのように、人間とは思えないほどの強いちから。
打たれたほうも普通の人間であれば、首がもげているかもしれない。
「返事」
「……はい、姉上」
しかし、ネイジュは顔色ひとつ変えずに返事をした。
そうして、ふたりの少女は連れそって王の間をでていった。
重臣だった男は腹を蹴られた衝撃で内臓が破裂し、息絶えていた。
「あらあら、あの子ったら。
ほんとうに加減を知らない子ね。
また別のを解かしておかなきゃ」
ミネスポネは口ではそう言いながら、まったく意に介する様子はない。
替わりとなる人間は、城内にいくらでもいるのだ。
王の間で動くのは、ミネスポネだけとなった。
彼女は氷人形となった賢王の首に腕をまわして、ささやいた。
「ねぇ、貴方。
私から貴方を奪おうと悪い人間どもがやってきます。
でも絶対に、貴方は誰にも渡さない奪わせない。
だって私と貴方は、永遠の愛で結ばれているのですもの……」
次回、いよいよ騎士団が氷の壁内に乗りこみます。
次回投稿は2022/7/9の19時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




