第326話 光の川
前回の場面の続きです。
◇
その日のジェドは、よく晴れわたっていた。
会場となる大聖堂前の広場には人々があふれて、ぎゅうぎゅうになっている。
カレドラル国民だけではなく、世界各国の代表や識者、その護衛たちも混じっているのだ。
集まった人数は以前の演説のときの比ではなく、とうとう広場のなかに人が収まらず、外側まで群衆が立ちならんでいる状況になっていた。
そんな群衆を前にして、レゼルは大聖堂のバルコニーに立った。
カレドラルの王族に代々伝わる、色彩豊かだが落ちつく色合いのドレス。
彼女がそのドレスを着ているのを見るのは二度目だが、今はキラキラと輝く光の粒子を身にまとい、以前にも増して美しく見えた。
俺やブラウジ、レゼルの側近たちはバルコニーの出口の扉から、彼女の後ろ姿を見守っている。
レゼルがバルコニーの先端に立ったのに気づき、会場は一気に盛りあがる。
レゼルは自分に熱い視線を向ける人々の顔をゆっくりと見渡した。
そして大きくひとつ息を吸いこむと、彼女は民衆へと語りかけた。
「皆さん、本日はよくぞお集まりいただきました」
……落ち着きをがあり、相手に安らぎを与える声。
たくさんの見知らぬ人を前にして、ガチガチに緊張していた彼女は、もういない。
今のレゼルは、世界を代表する一国の女王としてふさわしき風格を備えていたのだ。
彼女は民衆にほほえみかけながら、話を続けた。
「この場所にたどり着くまで、多くのともに戦ってくれた仲間を失いました。
……皆さんのなかには、今回の戦いで親しき人を失い、私のことを恨んでいる人もいるかもしれません。
私はまずそのことを、謝らなければなりません」
そう言って、レゼルは深々と頭をさげた。
民衆は皆あわてふためき、彼女に顔をあげるように声をあげた。
皆が心に抱く、いなくなってしまった者たちへの想いを噛みしめるかのように。
レゼルは再びゆっくりと、顔をあげた。
「皆さんが幸せにたどり着くために、それだけ多くの人々が命を懸けて戦う必要があったのです。
それだけ多くの人々が、命を懸けて想いをぶつけあう必要があった……」
レゼルは空を見あげている。
青い空のさらにその先に広がる世界を、彼女は見ているかのようでもあった。
「そうしてぶつかりあうなかで、私は多くの人々の想いを知りました。
今ならいなくなってしまった人々の想いに、寄りそえるような気がするんです」
……レゼルと俺は光の龍神の試練を乗りこえる過程で、亡くなった人々の記憶と想いを追体験している。
今の俺たちは、皆それぞれに命を懸けて戦う理由、命を懸けて護りたいものがあったことを知っている。
言葉ではとても、説明しようがないことなのだけれども。
「そして私はこうも思っていました。
国という枠組みが違っても、そのなかに住んでいるひとりひとりの人間が考えていることは、そんなに違わないのではないか、と。
光と闇の信仰も、たまたま生まれ育った環境が違うから別々の方向から見しまっているだけで、相容れないものではなかったのではないか、と」
話を聞いているうちに、俺は涙をこらえられなくなってしまった。
……それはかつて、テーベの上空でレゼルが俺に語ってくれた夢。
身がちぎれそうになるほどの、数々の苦難を乗りこえて。
その夢を彼女は今、自分自身の手で実現させようとしていたのだ。
「価値観の違いも、宗教の違いも。
すべての違いを互いに認めあって、皆が幸せに生きられる国を造ること。
それが、私が造ろうとしていた『夢の国』。
皆さんもこれから私といっしょに、『夢の国』を造る手助けをしていってくれませんか……?」
世界へと向けて、真摯に語られる彼女の願いと想い。
レゼルの話を聞いていた民衆はみんな涙を流し、彼女へと温かい拍手を送った。
鳴りやまぬ拍手が、いつまでも会場に響きわたっていた。
式典の終盤には、世界的な歌姫であるミカエリスが世界の平和を祈念して、喜びの歌を歌ってくれた。
戦いの勝利を喜びながらも、いなくなってしまった人々への想いを捧げる歌。
彼女の歌に合わせて、レゼルもほんの少しだけ光の神としてのちからを披露してくれた。
これまでの戦いでいなくなってしまった人と龍の数だけ、彼女は光の粒子を飛ばし、空へと届けてくれたのだ。
歌に乗せられて空の彼方へ運ばれていく光の粒子は、まるで空へとのぼる光の川のようであった。
その美しい歌声と光景に、世界じゅうの人々が感動し、涙した。
流れた光の粒子が世界を明るく照らし、包みこんだのであった――。
完結まで、残り2話です。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




