第320話 世界ではじめての
前回の場面の続きです。
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……火球の火がおさまったとき、レヴィはヨシュアに抱きかかえられていた。
ちからが弱まっていた彼に、すべての火球をうち消すことはできなかったのだ。
火球の巻きぞえとなり、レヴィは全身に重度の火傷を負っていた。致命傷だった。
『レヴィ……』
彼は自身の腕のなかにいるレヴィの姿を見おろした。
「はっ……はっ……はっ……」
レヴィは目をつむり、かろうじて呼吸をしていた。
しかし聞こえてくる心臓の鼓動は弱々しく、今にもとまろうとしている。
……完全ともいえる闇の龍神が、唯一持ちあわせていないのが『癒しのちから』。
ヨシュアはなすすべもなく、死にゆくレヴィをただ見守ることしかできなかったのである。
彼女の命の灯火が消えようしていた、まさにそのとき。
レヴィはかすかに目をひらき、そして……。
笑っていた。
「あぁ、ヨシュア様。
よかった、生きていらっしゃったのね」
『レヴィ、すまない……。
こんなことになってしまって……』
彼女はうなだれるヨシュアの手をにぎり、首を横に振った。
「ううん、謝ることなんてない。
だって私……うれしいの」
『うれしい……?』
レヴィはうなずき、ほほえんだ。
「やっぱりあなたは、ただの人間なんかじゃなかったんだって。
神様が現れて私を、この国を、護ってくれたんだって……。
そのことがわかって私、うれしくて仕方がないの」
レヴィの頬を、涙が伝う。
人生の後悔など欠片も混じりのない、澄んだ雫。
「どうしてこうなってしまったのか、私なんかには全然わからないけれど……。
どうかあなたには生き残っていてほしい。
そしてもしひとつ願いが許されるのならば……」
レヴィはヨシュアの手をにぎりしめ、目をつむった。
「私たちの国の行く末を、あなたに見届けてもらいたい……」
……そうして、彼女の心臓は動きをとめた。
自身の腕のなかで、永遠の眠りについたレヴィ。
彼女の手をにぎりかえし、ヨシュアもまた、静かに涙を流した。
『うぅ……ぐっ……!』
それはこの世界で初めて、神が人のために流した涙なのであった。
……しかし、ヨシュアは気づく。
レヴィの肉体は死んでいたが、その魂はまだ留まりつづけているのだということに。
そしてその肉体は、彼と交わることで神性を宿していたのだということに!
彼は自身の傍らに寄りそう魂へと、語りかけた。
『大丈夫だ。私もお前も、ここで終わりじゃない。ふたりでこの国の未来を見届けるのだ。
だからこれからは……』
――ともに、行こう。
ヨシュアはその漆黒の翼で、そっとレヴィを覆い隠した。
彼女の肉体と魂を包みこむのは、安らぎの夜闇。
――ヨシュアは知っていた。
かつて光の龍神によって、ちからの結晶である神剣へと姿を変えられた龍がいたことを。
太古の昔、光の龍神が冥府の神王サへルナミトスを封印した際のこと。
冥府の龍神、フェルノネイフは主であったサへルナミトスともどもうち破られ、戦死した。
のちの世の役に立てるため、ゼトレルミエルはフェルノネイフの遺骸と魂を神剣へと変え、保管していた。
結果として、フェルノネイフは光の龍神たちの怨みから呪われし邪剣と化し、もてあました龍神たちによって人間界に捨てられることとなるのであったが。
――闇の龍神は、光の龍神と対になる存在。
光の龍神が龍を依り代にして神剣にするのと同様に、闇の龍神には人の肉体と魂を依り代にして神剣を生みだすちからがあったのだ!
ヨシュアは神性を宿していたレヴィの肉体と魂の器に、己の闇のちからを注ぎこんでいく!
彼女の肉体は徐々にかたちを失い、ひと振りの美しい刀剣へと姿を変えていった。
それは、漆黒の刀身をもつ両刃剣。
――『闇の神剣』レヴァスキュリテ!!
上空から様子を伺っていた龍神たちは、地上で起こっていた異変に気がつき、ざわつきはじめる。
『……ムッ? なんだ、このちからは……!』
『いったい、なにが起こっている!?』
一度は潰えたはずの闇は、いまだかつて感じたことがないほどの強大なちからの波動となって、龍神たちを脅かしていた。
あたりに響きわたるのは、夜空に浮かぶすべての星を吸いこみ、集めて、かき鳴らされたかのような音。
美しく、切なくきらめいている音。
それは、この世界で初めての『共鳴』現象。
龍と人が心を重ねあわせることで実現した。
神と人の『鼓動』が等しく合わさることはなかったが、そのずれは図らずも完全なる調和をもたらし、『和奏』の調べを奏でていた。
新たなるちからを身にまとい、デスアシュテルは上空の龍神たちをにらみつけた。
『覚悟しろよ。ここで滅びるのは貴様ら。
生き残るのは私たちだ……!』
彼は再び、空へと舞いあがった。
レヴィとの約束を果たすため。
明日を生きるため!
解きはなたれた『闇』が、暴走する!!
『おおおおおおおおっ!!』
『 黒 邪 破 神 撃 』!!
龍と人が心を重ねあわせることで奏でられた『和奏』の調べは、龍神たちにとってもまったく未知数のちからであった。
龍神たちはなすすべなく撃ちぬかれ――
『 星 滅 の 闢 夜 』!!
闇に飲みこまれていった。
……最終的に、光の龍神はデスアシュテルをレヴァスキュリテもろとも封印することに成功した。
『おのれ……!
必ず私は眠りから覚めて、貴様を滅ぼしに行くからな、ゼトレルミエル!!』
デスアシュテルは光の龍神への怨嗟を吐きながら、永き眠りへとつく。
しかし代償として、ゼトレルミエルをのぞくすべての龍神たちが、命を落とした。
ゼトレルミエル自身もちからを使いきり、その寿命の大半を失うこととなる。
かろうじて闇の龍神はうち倒したものの、ちからを使い果たしていたゼトレルミエルには、彼を封印するのがやっとであった。
デスアシュテルの肉体と魂は、グライツィアの霊峰、フォルティナの地へと封印された。
だが、いつか封印のちからは弱まり、闇の龍神は眠りから覚めるだろう。
龍神たちが死に絶え、自身も老いさらばえた今、彼と戦うのは人間たちしかいない。
ゼトレルミエルは倒れた龍神たち、なかでもとくに強力なちからをもっていた、各自然素を司る龍神たちの亡骸と魂を神剣と化して、世界じゅうへと飛散させた。
のちの世の人びとが闇の龍神に対抗するために、彼は可能性を残したのだ。
皮肉にも、その神剣の多くは、帝国側の手に落ちることとなるのであったが。
ともあれ、こうして世界には一時的な平和が訪れ、いくつかの神剣が生みだされたのだった。
人間界に秘匿していた、陽炎の神殿。
傷ついたからだをなんとか支え、ゼトレルミエルは陽炎の神殿へと帰りつく。
神殿の奥に身を横たえ、彼もまた、永きにわたる眠りにつこうとしていた。
眠りにつく直前、ゼトレルミエルはデスアシュテルが奏でた『共鳴』の響きを思いかえしていた。
……創世の神である光の龍神ですら知らなかった、『共鳴』現象。
次々と龍神たちが倒れていくさまを目の当たりにしながら、ゼトレルミエルは驚愕していた。
――よもや、これほどまでに強力なちからを発現するすべが、この世界に存在していたとは……。
これは、必ずやのちの世を変えるちからとなるだろう。
驚異的なちからを見せた『共鳴』の技術は、光の龍神の記憶にも深く刻みこまれたのである。
創世の神の魂は、その世界に住む人と龍の魂とつながっている。
光の龍神の『共鳴』の記憶は人と龍の深層心理にも刻みこまれ、のちに龍御加護の民の手によって、『共鳴』の技術が獲得されることとなるのであった。
※『星滅の闢夜』……『せいめつ の びゃくや』
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。




