第318話 この背を支える手
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レゼルとエウロはひと筋の彗星となり、なだれ落ちる無限の闇のなかを突き進んでいた。
『はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!』
闇のちからに抗って進んでいくのは、つらく苦しかった。
闇が、自身を消滅させようと押しせまってくる。
息をするのもつらく、振りあげた剣をもつ手は重くて仕方がなかった。
何度もちから尽きかけ、あきらめそうになった。
それでも彼女は、心に輝く光に照らされて、前へと進みつづけた。
――私は負けるわけにはいかない。
この剣で数知れぬ人や龍の命を奪い、乗りこえて、今の自分がここにいる。
彼らの命と想いを、無駄にするわけにはいかない。
そしてこの剣には、今これからの世界を生きるすべての命がかかっている。
たとえひとりひとりの命はちっぽけな存在であろうと。
相手が創世の神の一員であろうと。
私は絶対に、負けるわけにはいかない!
そうして彼女は無限の闇をくぐり抜け、ついに闇の龍神デスアシュテルの姿を認めたのである!
レゼルは懸命に流星の双剣を振るった。
途絶えることない、命を震わせ!!
『デスアシュテル、覚悟っ!!』
対して、デスアシュテルは真下から自身をめがけて飛びあがってきたレゼルを見おろしていた。
レゼルがここまでたどり着いたことに、彼はいささかの驚きを隠せずにいた。
自身に最終秘奥義まで引きださせたうえに、それを耐えぬいてここまでたどり着くとは。
『この紛いの神がっ……! 身のほどを知るがいい!!』
そうしてついに、ふたりは剣を交えた!
ルクテミシリオンとレヴァスキュリテの刀身が交差する!!
『はああああああぁっ!!』
『ぬううううううぅっ!!』
闇と光が、互いの存亡をかけてせめぎあう!
レゼルは一本となったルクテミシリオンの柄を、両手で懸命ににぎりしめていた。
正真正銘、彼女はすべてのちからをだしきっていたのだ。
だが、それでも。
現実はあまりにも残酷だった。
――届かない……!
心に輝く光を宿したレゼルが発揮したちからは、たしかにデスアシュテルの実力に肉薄するものであった。
しかし、それでも彼女の剣は届かなかった。
剣を介して、敗北の未来が見えてくる。
どれだけちからを振りしぼっても、届かない。
ここまで、数多くの苦難を乗りこえてきたというのに。
ここまで、数多くの人々に助けられてきたというのに。
彼女の剣は、届かなかったのだ。
――そんな……。
こんなにも、がんばってきたのに……!
彼女の目から、また涙があふれだしてきた。
だが今度流したのは、悔しさの涙。
悔しくて悔しくてたまらない。
ルクテミシリオンの刀身が、徐々に押しかえされていく。
彼女の命が、世界の光が潰えていく……。
すべてが闇に飲みこまれようとした、そのとき。
彼女の両肩に、そっと添えられる手があった。
ひとつの手ではない。
……ふたつ、みっつの手。
彼女を包みこむ、懐かしき感触。
今ははるか遠くへと行ってしまった、あまりにも愛しく、かけがえのない存在。
レゼルはその気配だけで、誰が自身の肩に手を添えているのかを感じとっていた。
――お父さま、お母さま……!?
レゼルによく似た流れる銀の髪に、翠の眼。
柔らかな茶色の髪に、涼しげな目元。
レゼルの背中に寄りそい、手を添えていたのは亡き両親。
父のレティアスと母のエルマ、その魂であった。
ふたりの顔に浮かぶのは、慈しみの表情。
愛する娘へと向ける、無限の慈しみであった。
――お母さま……!
闇に魂を飲みこまれてしまったはずでは……!?
『涅槃の黒橡』に飲みこまれたエルマの魂は消滅し、生の輪廻からはずれていたはずだった。
事実、闇に消えた彼女の左肩から先は復元されず、失われたままだ。
疑問を抱くレゼルに対し、エルマとレティアスが、彼女の心へと語りかけた。
――闇に飲みこまれる寸前、この人が私を虚無の穴から引きだしてくれたの。
私の魂は、消滅せずに済んだのよ。
――危ないところだったけど、ぎりぎりで間に合った。
肉体は失われてしまったけれど、魂だけは救いだすことができたんだ。
間に合って、ほんとうによかった。
……魂だけの存在であるレティアスに、エルマの命を救うことはできなかった。
だが、魂さえ消滅していなければ、輪廻していつかまた会える。
レティアスとエルマはその手でレゼルを支え、彼女の背中へと語りかけた。
――さぁ、レゼル。しっかり前を向いて。
光が示すその先を、見据えるんだ。
ああ。
あれだけ会いたくても会いたくても会えなかった、父と母が……。
――自分の望みに対して責任と使命を果たすのよ。
造るんでしょう? あなたの夢の国を。
今、私の背を支えてくれているなんて……!
レゼルの双眸から流れる涙は光の粒となり、『光の翼』の一部となった。
レゼルの剣が、闇の龍神の剣を押しかえしはじめる。
彼女の心に輝く光が、いや増していく。
『ぐぬうううううぅっ!!』
デスアシュテルは自身を照らす光に焦がされ、苦しんでいた。
――なんなのだ、この娘は。
とうにすべてのちからを使いはたしているはずなのに……!
なぜ内から湧きでる光が、強まっていくのだ!!
……だが、私は負けるわけにはいかない。
たとえこの身が滅びようとも、負けるわけにはいかないのだ!
我が帝国の、絶対なる繁栄のために!!
デスアシュテルはレヴァスキュリテの刀身にさらなる闇のちからを注ぎこみ、レゼルの剣をへし折ろうとした。
光への憎しみが、彼の闇をさらに色濃く、暗きものにしていたのだ。
彼は自身の存亡が危うくなるほどの闇をねじこみ、強引に剣を振りぬこうとした。
だが――。
――ヨシュア様。もう、いいの。
『『!?』』
レヴァスキュリテに秘められた意志がデスアシュテルに語りかけた瞬間、彼の腕からちからが抜けた。
そしてその瞬間をレゼルは見逃さず、剣を振りぬいた。
レヴァスキュリテの刀身が、折れる。
デスアシュテルの胴体が光に斬りさかれ、闇が光に融けてゆく。
神になれなかった少女が、神を超えた瞬間だった。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




