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第317話 風の記憶

銀翼のめぐり星(アルレ・サテリ)』をすべて破壊され、無防備となったレゼル。

 そんな彼女に、デスアシュテルの無情なる剣が振りおろされた。


 ……それは簡潔に言えば、『黒刃(シュヴィルラム)』の強化版。

 だが、『闇の翼』から放たれる闇の自然素をすべてそそぎこみ、デスアシュテルの全力をもって繰りだされる『黒刃』は、究極の闇の御技(みわざ)とまでよべる域に到達していたのである!


『 黒 邪 破(シュヴィルマルヴァ・) 神 撃(バルエリュグリフ) 』!!


 光速を超える剣に、惜しみなく凝縮(ぎょうしゅく)してつぎ込まれた闇の自然素。

 太刀筋はそのまま黒き刃となって飛んでいき、『闇の(とばり)』をさらに黒く染めていく。

 世界に終焉(しゅうえん)をもたらして闇で染める、破壊の神の一撃!!


『……ッ!!』


 レゼルはあらん限りのちからをもって迎えうったが、なすすべなく弾きかえされてしまった!


『ああああぁっ!!』


 光は失われ、闇に染められていく。

 闇のちからを減衰(げんすい)させることができず、全身のあらゆる箇所が斬りきざまれていく。


 そして、レゼルが持つ双剣のうち、一本が折られてしまった。

 右手にもつルクテミシリオンの刀身が根元から折れるのとともに、彼女の右側の『光の翼』も失われてしまう。


 さらに、黒き刃に巻きこまれ、乗っていたエウロの左側の翼も斬りおとされてしまっていた。

 レゼルは飛ぶちからを失い、重力に身を(ゆだ)ねた。


 風のちからも光のちからも、体力も精神力もすべてを失って。

 レゼルとエウロが、ちからなく落下していく――。




 落下していくレゼルを、デスアシュテルははるか高みから見おろしていた。


 彼女は一命を取りとめたものの、すでに反撃するちからなど残してはいない。

 だが、デスアシュテルはさらなる追撃を与えようとしていた。


 彼はこの戦いに終止符を打とうとしていたのだ。

 レゼルの存在自体を消滅させ、なんの憂いもない、完全なる勝利をもって。


『終わりだ、人の子よ』


 デスアシュテルがレヴァスキュリテの先端を天空高く突きあげると、その『闇の翼』にはおぞましいほどの闇のちからが(たくわ)えられていく。


 外側から戦いを見守っていた者たちは、驚嘆(きょうたん)と絶望の声をあげたことだろう。

『闇の帳』の頂点がはるか上方へと延びていき、青空のさらにその先、夜空へとつながってしまったのだから!


『闇の帳』を中心として、時空がゆがむ。

 青き空が闇に浸食(しんしょく)され、悲鳴をあげている。


 空を覆いつくすほどにほとばしる闇のちからを背負い、デスアシュテルは剣を振りおろそうとしていた。

 直下で落ちていく、レゼルとエウロへとねらいを定めて。




 レゼルは闇のなかを、ただ落ちていった。

 その心を、出口のない絶望のなかに(ただよ)わせながら。


 ――もう、飛べない。


 落下するレゼルの双眸(そうぼう)から涙があふれ、上のほうへ、上のほうへと流れていく。


 ――ごめんなさい、お父さま、お母さま、みんな……!

 運命に(あらが)おうと、今まで懸命に戦ってきたけれど……。

 やはり、()の者には勝てなかった……。


 上空に広がるおぞましき闇を、呆然と見つめる。

 レゼルにはただただ、自身に訪れる終焉のときを待つしかなかった。


 彼女がすべてをあきらめた、そのとき。

 ……声が聞こえてきた。


 ちから強い声。

 くじけそうになった自分を、何度も何度も支えてきてくれた声。


 ()は底知れぬ闇のなかを、傷つけながらも駆けぬけてきてくれていた。

 どこかなじみのある、水氷(すいひょう)の自然素の波動に包まれながら。


「レゼル!!」

『グレイスさんっ……!』




 レゼルとエウロはそれぞれ翼を失い、片翼(かたよく)となっていた。

 彼女のエメラルドの瞳が見ひらかれ、俺のほうを見つめている。


 あと少しでレゼルのもとにたどり着くというところで、残りわずかとなっていた水氷の自然素がなくなった。

 氷の華が、()けて闇のなかへと消えていく。


 ――ありがとう、ネイジュ……!


 俺とヒュードが、宙でレゼルたちを受けとめた!

 俺がレゼルの背を受けとめ、ヒュードがエウロのからだを支えている。


 レゼルを抱きしめるのとともに、『光の翼』からあふれる光が俺たちの身をも包みこんでいた。

 ともに光に包まれて、彼女の温かみが伝わってくる。


『グレイスさん……どうしてここへ!?』

「誰よりもつらく苦しい戦いに(のぞ)んでいる君を、放ってなんておけなかった。

 そしてネイジュが、俺たちをここまで送りとどけてくれたんだ」


 彼女はハッとした顔を見せたのち、切なげに眉をひそめた。

 先ほどまで俺とヒュードを包みこんでいた水氷の自然素が誰のものであったかを、彼女は悟ったようだった。


『そんな……。

 でも私たち、もう飛ぶことすらできなくて……』


 ヒュードがレゼルたちを抱えたまま、懸命にはばたいた。

 落下の速度は徐々に緩み、上昇へと転じていく。

 そして俺とヒュードは彼女の目の前で、不恰好な『共鳴音』をかき鳴らした。


「さぁ、レゼル。

 もう一度だけがんばろう?

 俺が君のことを、支えているから」


 俺とヒュードが解きはなったのは、『()()()()()

 ずっと蓄えてきた『風』の自然素は、すべて今このときのために。


 その『風』は、俺とレゼルがともにすごした時間の(あかし)

 俺とヒュードが彼女のそばにいればいるほど、『風』の自然素はヒュードの体内に蓄えられていった。 


 風に刻まれた記憶。

 レゼルは俺の前で、いろんな顔を見せてくれていた。


 笑ってた、泣いてた、怒ってた。

 そのどれもが愛おしくて、かけがえのない君との記憶。


 レゼルの、エウロの、リーゼリオンのそばにずっといたから。

 そのともにすごした時間こそが、君の飛ぶちからになると信じて!


 そしてあの日あの時あの瞬間、大聖堂の屋上で!

 俺は自分自身に(ちか)ったんだ!!

()()()()()()()()()』って!!!


 かつてカレドラルの大聖堂の屋上で、俺はレゼルを支える風のひとつになると誓っていた。

 レゼルが飛べないというのなら、今こそ彼女を支えてあげなくてどうするんだ……!


 下から上へと突きあげるように風を発生させ、さらに俺たちは加速した。

 ……なんでだろう、目から涙があふれてとまらない。

 今までも、今このときも、がんばってきたのは、いつもレゼルだったというのに。


「行けぇっ、レゼル!!

 無限の空を、駆けぬけろぉっ!!!」


 俺の腕のなかで、レゼルもまた、涙をポロポロとこぼしていた。

 風の記憶が、彼女にも優しく語りかけていたから。


『……もう大丈夫。

 グレイスさんが……あなたがいたから、私はここまで飛んでこれた。

 そして、あなたがいるから!!

 私はどこまででも飛んでいけるっ!!!』


 レゼルが、エウロが、俺たちの手を離れて浮かびあがっていく。

 無限の彼方の、はるかその先へ。

 彼女たちは光の(かたまり)となり、上空に広がる闇のど真んなかにむかって、飛びたっていった。




 デスアシュテルは下方から空を駆けあがってくるレゼルたちを見おろし、ついにその剣を振りおろした!


『愚かなる人間どもめ……。

 ともに永遠の闇に飲みこまれるがいい!!』


 上方へと延び、夜空とつながる『闇の帳』。

 その『闇の帳』を通して、夜空の闇のすべてが崩れ、振りそそがれていく。


 ……夜空に広がる無限の闇。

 闇こそが夜空を占めるもの。


 それすなわち、闇こそがこの世界の本質。

 つまり夜空の闇を用いた技こそが、世界の本質を意のままにする攻撃なのである。


 この宇宙を占めるすぺての闇を集約(しゅうやく)し、星にそそぎおとす!

 数多(あまた)の龍神たちを(ほふ)った技!

 これぞ闇の龍神の最終秘奥義!!


『 星 滅 の(エトワウンタ・オ) 闢 夜(フェナハト) 』!!!


 なだれ落ちる無限の闇を前にして、レゼルにはいっさいの恐れを(いだ)かなかった。


『どんなに深く巨大な闇であろうと!

 私たちの心に輝く光を消すことなんてできない!!』


 心に輝く光を宿した今の彼女は、かつてないほどに強い光との『共鳴』を実現していた。


 ――それは、星なき夜闇をゆくひと筋の彗星(すいせい)

 無限に広がる闇のなかを進む、あまねく光の導き手。

 レゼルとエウロは自身がたなびく流星となって、無限の闇を突きぬけていく!!


『 極 の 彗 星(ユルティメフィオール) 』




 片翼の騎士と龍が天空への道を駆けぬけ、深遠なる闇の中央へと突きささった。

 俺ははるか下方から、流星となって飛んでいく彼女の後ろ姿を見つめていた。


 ……そもそもにして、人の身でありながら闇の龍神に勝とうだなんて途方もない話なんだ。

 勝てないのは当たり前で、そんな奴に挑みかかっていこうだなんて、ハナから馬鹿げてた。


 でも、想いが論理を飛びこえていく。

 すべてをぶち抜いていく――。




『レゼル』はレヴェリアの世界の言葉で、『翼』という意味です。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!!

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