第316話 意思のある自然素
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俺は、闇の塊の外側から、レゼルたちの戦いを見守っていた。
宙に浮かぶ巨大な闇の塊は、まるで空にぽっかりとひらいた大穴のようだった。
厚い闇の壁に覆われて奥を見透かすことはできないが、うっすらと彼女が放つ光が見える。
そしてその光は徐々に弱まってきていた。
あれだけまぶしく、煌々と輝いていた彼女の光が、今では明滅するルシウルの光のように弱々しい。
底知れぬ闇の向こうがわから、彼女の痛みと苦しみが伝わってくる。
「レゼル……!」
俺は、手綱を強くにぎりしめた。
――俺にできることなんて、なにもないことはわかってる。
神々の戦いに、ただの人と龍が割って入る余地などあろうはずもない。
それに、目の前に広がるこの巨大な闇の塊。
これは帝国皇帝のちからの塊であり、ただの闇ではない。
恐らく内部に侵入すれば、俺たちは無事ではすまないだろう。
強きちからを持つ者でなければまたたく間に消滅し、レゼルのもとへとたどり着くことすら叶わないかもしれない。
だが、それでも。それでも……!
苦しんでいる彼女のそばに、俺はいてあげたいんだ。
「俺はこのなかに入って、レゼルのもとへと行こうと思う。
いいか? ヒュード」
問いかけると、相棒は背中に乗る俺のほうへと首を振りむかせた。
なんら迷いも見られないまなざしで、ヒュードはうなずく。
「ガル!!」
「ありがとう」
そうして、俺とヒュードは闇の塊のなかへと飛びこんでいった。
闇の龍神が操るとされる、『静けさの闇』。
そのちからの存在に関しては、レゼルから聞いていた。
『静けさの闇』で構築された空間。
ひとたびそのなかに入れば、闇は俺たちの生命活動を鎮め、強制的に終了させようとしてくる。
俺とヒュードは不恰好な『共鳴音』を鳴らし、自然素を身にまとわせた。
だが、強制支配に抗おうとすれば、『静けさの闇』はその恐ろしい本性を露わにした!
「ぐううううぅっ……!!」
全身の表面を、刺しつらぬかれたかのような痛みが走る!
息をするのもつらく、胸が苦しい。
ヒュードも同じように、苦しそうにしている。
『静けさの闇』が、抗う俺たちを強引に鎮めようとしているのだ。
まるで、静かに主人の戦いを見守っていた闇の住人たちが、騒々しい異物をうるさがって、排除しようとしているかのように。
周囲から闇の自然素が、圧倒的な物量をもって押しせまってきていた!
俺たちは持ってるものをすべて使って、闇に抗った。
ヒュードの体内に蓄えられていた、ありったけの自然素を放出していったのだ。
炎、水氷、雷、大地……。
次々と各属性の自然素を放出していくが、消耗が激しい。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」
呼吸がとだえて、意識が遠のく。
苦しさが、いや増していく。
行く先にレゼルが放つ光は見えているが、まだまだ遠い。
とてもじゃないが、あそこまで保ちそうにはない。
彼女までの距離がとてつもなく遠く感じた。
どうやっても届かない、夜空に光るひとつ星へと手を伸ばしているかのようだった。
……やはり、神の戦いにただの人と龍が割って入ろうなどとするのは無謀なことであったのだ。
俺たちはレゼルのもとにたどり着くことすらできない。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!
レゼル……!!」
――ごめん、レゼル。
そばに行って君の支えになりたかったけど、肝心なところで俺は役に立てなかった。
こんな俺を、どうか許してくれ……。
自分の心臓の拍動が徐々に弱まり、命の終わりを迎えようとしていることがわかる。
『因果律の海』のなかで、レゼルとともに嫌というほど味わった感覚だ。
――俺は、ここで……。
消える……。
俺とヒュードが、闇のなかで人知れず消滅しようとしていたとき。
突如としてヒュードのからだから、自然素があふれだした。
それは、水氷の自然素。
水氷の自然素は結晶をつくり、俺たちのからだを包みこんだ。
美しく儚げな、氷の華。
そしてその氷の華は、俺の心へと語りかけてきたのであった。
『主様、レゼ殿を守ってあげて――』
ヒュードのからだから噴きだしたのは、『意思のある自然素』!
ネイジュがいなくなってしまったとき、彼女は自然の一部へと還り、ヒュードのからだへと取りこまれていたのだ。
自然素は氷の結晶をかたちづくり、意思をもって俺たちを闇から護ってくれていた。
――ネイジュ……!
記憶のなかの彼女が、俺へとほほえみかける。
……俺は、彼女の気持ちに応えてあげられなかった。
それでも彼女は、姿を変えてなお、俺のことを護ってくれていたのだ。
俺は彼女のことを、決して忘れやしない。
今は涙を流すことでしか、彼女に哀悼を捧げることができないけれど。
俺とヒュードは氷の結晶に護られながら闇のなかを進み、レゼルのもとへと飛んでいった――。
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