第312話 王国の守護聖騎士
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ムズゼグ帝国の首都を制圧したのち、レヴィとヨシュアたちはファルンの王都へと戻っていた。
今まで遠征して戦いどおしの日々であったが、帝国との長年の因縁に決着をつけたので、しばしの休息をとることとなったのだ。
もちろん、彼女たちが帰還した際には国民たちから多大な歓迎と祝福を受けたことは言うまでもない。
レヴィたちが帰還して数日後の夜。
王都が日々、祝祭の雰囲気に包まれて華やぐなか、王城では戦勝記念の式典がひらかれることとなった。
王城の式典場に、ファルンの王国貴族や士族が集められる。
式典場は壁一面に金の刺繍をほどこされた赤色の垂れ幕で飾られており、見るも鮮やかだ。
集まった人々も皆、華やかに着飾っており、明るい笑顔を振りまいている。
長年の宿敵をうち倒した喜びに、皆がひたっていたのである。
しかし、そんな人々の集いに不似合いな、硬い表情を見せている者がひとり。
「…………」
にぎわう式典場のなか、ヨシュアも姿を見せていた。
頑なに出席を断っていたのだが、レヴィにむりやり連れてこられてしまったのだ。
いっぽう、彼女はというと今は第一王女として正装をするために更衣室へと行ってしまった。
ひとり式典場に取りのこされたヨシュア。
しかし、きらびやかな王侯貴族たちのなかでも抜きんでて整った彼の容貌に、周囲の視線が集まるのは致し方ないことであった。
「ねぇ。あの見目麗しい殿方は、どこの家のお方……?」
「あんな目立つ人なんて、いたっけか……」
ヨシュアはそんな視線など意に介することなく、その場で静かにたたずんでいた。
やがて、ぞろぞろと国王とその臣下たちが壇上に姿を現し、式典の開催を宣言した。
「皆の者、よくぞ集まってくれた!
我らが王国ファルンは此度、宿敵であるムズゼグ帝国との戦いに終止符を打つという歴史的大偉業をなし遂げた。
これも日々、国家を運営している王国貴族の諸氏と、最後まで戦いぬいてくれた戦士たちのおかげである。
皆の労をねぎらいたい。今夜は、おおいに楽しんでいってくれたまえ!」
王の言葉に、式典場は拍手に包まれた。
その後も式典は段取りよく進んでいき、論功行賞が始まる。
今回の戦いで功績をあげた者は、その功績の大小に応じて褒賞が与えられるのだ。
「それでは勲等の授与を行う。
名を呼ぼれた者は、前へ!」
名を呼ばれた者は皆の前でその功績を公表され、称賛される。
今回の戦いは戦果が大きかったので、与えられる褒賞も破格のものとなっている。
莫大な土地と財産。確固たる地位。
命を懸けて勝ちとったのにふさわしいだけの褒章が得られる。
戦いに参加した者たちは皆、期待に胸をふくらませていた。
王に名を呼ばれた者は次々と勲等を授けられていき、そして……。
「最後に、ヨシュア殿。こちらへ」
ヨシュアの名が呼ばれたとき、会場はざわついた。
自ら戦場に赴いたことのある者たちをのぞいて、彼のことを誰も知らなかったからである。
王に名指しされ、ヨシュアは前へでた。
王は式典の参列者たちに対し、彼の紹介を始めた。
「皆はヨシュア殿のことを知らぬだろうが、彼は我が娘レヴィの友人だ。
単身で数多の難敵をうち倒し、此度の奇跡的ともいえる勝利を実現させた、立役者でもある!」
彼を語る王の声が、徐々に熱を帯びていく。
「王都に迫る帝国軍を撃退できたのも彼のおかげだ。
そこから連戦連勝、彼なくしてムズゼグ帝国への勝利はありえず、滅んでいたのは我が国のほうであったことだろう!」
王の言葉の高まりとともに、式典場の雰囲気も最高潮に達した!
「まさしく我が国の救世主と呼ぶにふさわしき働き。
その武神のごとき活躍を称え、彼に我が国の『守護聖騎士』の称号を与える!」
そこで、式典場は拍手喝采となった。
「なんと、『守護聖騎士』とは……!」
「騎士としての最高位だ、王族に匹敵する地位だぞ!」
「百年間空席だった『守護聖騎士』の座につく者が、ついに……!」
王はヨシュアと向かいあうと、彼にだけ聞こえる小さな声でささやいた。
「ヨシュア君。
この国の守護者として、称号を受けとってくれるね?」
「いや、私はいらな――」
「ありがとう。これからもよろしく頼むよ。
この国と……娘を」
(相変わらず人の話を聞かん男だな)
王はヨシュアに目録を手渡し、説明を付け足した。
「ヨシュア殿には『守護聖騎士』の地位にふさわしいだけの財と土地を与えよう。
そして、さらに……。
大臣よ、アレを持ってきてくれ!」
王に催促され、大臣が木箱を大事そうに抱えて運んできた。
大人の身長ほども長さのある木箱。
表面は丁寧に磨きあげられている。
木箱は王とヨシュアのもとへまで届けられると慎重に足元に置かれ、その重々しい蓋がひらかれた。
箱のなかに収まっていたのは、一本の剣であった。
剣の柄にはファルン固有の丈の短い蒼草を象った装飾がほどこされている。
「これはファルン国宝の剣、ミュライトエッジだ。
およそ二百年前、我が国史上最高の剣匠が鋳造したと言われておるひと振り。
ヨシュア殿、是非そなたに使っていただきたい」
ヨシュアは王から直々に、その剣を手渡された。
彼は剣を手に持ち、その刀身を眺めた。
二百年前につくられたものとのことだが、刀身には錆ひとつない。
……刀身からわずかに、神気を感じる。
数多の龍神たちのなかには人の姿に化け、趣味で武具をつくる者がいる。
この剣もかつて、そうした龍神の誰かが気まぐれにつくり、人に授けたものなのであろう。
神々がつくった武器のなかでは、平凡な出来とさえ言える。
だが、特筆すべきはその形状。
握りを挟んで、親指側と小指側の両方から刃が伸びる両刃剣。
正直、人間が扱う武器としては実用性は低いと言えるかもしれない。
両側に伸びた刃は少しでも操作を誤れば自身の身を傷つけることにもなりかねない。
並みの剣士が訓練もせずに使用するのはたいへん危険である。
しかし、剣士としても完全な技術をもつヨシュアにとって、その特異な形状は武器としての理想形を体現しているように感じられたのである。
彼は素直に、その剣を受けとることとした。
「ありがたく頂戴します」
「うむ。この剣を用いて、よりいっそう我が国のために活躍してくれたまえ!」
こうして、ヨシュアへの褒賞の授与が終わった。会場は再び、暖かい拍手に包まれたのであった。
今回の場面は次回に続きます。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。




