第311話 距離を越えて
前回の場面の続きです。
◆
「!!」
はるか遠くの櫓の頂点で。
ヨシュアは最後の敵兵を討ち、今まさしくその場を制圧した瞬間であった。
彼はその超人的な視力で、レヴィへと剣が振りおろされた瞬間を捉えていた。
そして同時に、時がとまったのではないかと見紛うほどの速度で、彼の思考がまわりはじめる!
……先に述べたとおり、神の肉体をもつ彼ならばレヴィのもとまで跳躍し、一瞬で到達することは可能。
だが、足場となるこの奇岩に、その跳躍に耐えうるだけの強度がない。
奇岩の岩質はけっして柔なものではなかったが、彼がその身体能力を発揮するのにはあまりに脆すぎたのだ。
無理に跳びたとうとしても、櫓が粉砕されて倒壊するのが関の山。
トゥラハマの強弓を使う手はあったが、弓はすでに彼がまっぷたつに斬り捨ててしまっていた。
ヨシュアの能力をもってしても、レヴィを救うことはもはや不可能。
とは言え、人間の女がひとり死んだところで、彼にはなんら問題はないのであった。
帝国の人間どもにまんまとしてやられたことは、腹立たしくはあったが。
――レヴィが、死ぬ。――
バルドゥークの剣が、レヴィへと振りおろされた!
彼女は死を覚悟し、目をつむっていた。
……しかし、彼女が感じたのは死の痛みではなく、自身を護るように包みこむ感触。
「え?」
「なにっ!?」
彼女はバルドゥークの剣に斬りきざまれることはなく、かわりにヨシュアに抱きかかえられていた!
バルドゥークの四本の剣を、ヨシュアは片腕一本で受けとめている。
一点で交差する、五本の剣。
――神気発動、『距離』の消滅!
ヨシュアは最小限の闇の自然素を用いて、一瞬でバルドゥークの前に現れてみせた。
ヨシュアとレヴィとの『距離』は消滅し、彼は彼女を強く抱きよせていたのだ!
「ヨシュア様っ!」
バルドゥークは激しく動揺しながらも、再び剣を振りあげた。
「貴様っ! どこから現れた!!」
「闇の淵からだ」
―― 一閃!
ヨシュアの剣にバルドゥークの胴は両断され、なすすべなく倒れたのであった。
「バルドゥーク様がやられたっ……!」
「なんだと!?」
帝国最強の騎士がやられた衝撃は大きく、バルドゥークの部隊はまたたく間に総崩れすることとなる。
レヴィの部隊が盛りかえしていくのを、ヨシュアは静かに見届けていた。
いっぽう、レヴィは彼の腕のなかで。
「…………」
全覆の兜の隙間からのぞく彼の顔を、じっと見つめていたのであった。
「ム?」
「……はっ!」
彼と目が合ってしまったレヴィは、あわてて彼の腕から逃れようともがいた。
顔じゅう、燃えるように真っ赤にさせている。
「すすすっ、すみません! ついまじまじと……!
予備のかぶと予備のかぶと……」
そう言って、彼女は地面を這って頭にかぶるものを探している。
そんなところを探してもなにもありはしない。
トゥラハマ、バルドゥークと、続けざまに強力な駒を失った帝国軍。
その後も、ヨシュアは次々と敵の主力をうち破り、帝国軍を弱体化させていく。
そして……。
「敵の総大将を討ちとったぞ!」
「我われの勝利だ!」
「やったぁ!!」
歓喜の声をあげる王国軍の兵士たち。
ファルン王国軍は絶望的な戦力差をくつがえし、ムズゼグ帝国の首都を守る要塞を突破したのだ。
それはすなわち、ムズゼグ帝国を滅ぼしたのと同義である。
……いや、それだけではない。
大国・ムズゼグ帝国を飲みこんだファルンは、一気に大陸の覇を争う列強の一角として、名乗りをあげたのである!
喜びに包まれる兵士たちに囲まれて、レヴィも涙を流していた。
ヨシュアの胸に、頭をもたせかけながら。
「すごい……! ほんとうに、信じられない……! ヨシュア様……」
「…………」
ヨシュアは自身に身を預けるレヴィを見おろしていた。
……彼がレヴィを救っていなければ、彼女はこの世を去っていたことだろう。
彼女を助けたことに、後悔はない。
だが、ヨシュアの胸中には一抹の懸念が残されていた。
戦闘中に彼が発したほんのわずかな神気。
その小さな足跡は、天界に大きな波紋をもたらしていたのであった――。
※ヨシュア(デスアシュテル)は闇の自然素による『距離』の消滅により、
①敵を自分に近づけること
②自分が敵に近づくこと
③あるいは両方を近づけて任意の位置で接触させること
①から③のいずれをすることも可能です。
あるいは、自分以外の物体どうしを接近させることも可能です。
ただし、実際に世界の『空間』が消滅していっているわけなので、使用しすぎるとひずみが大きくなり、世界が崩壊しかねない危険な能力でもあるのです。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




