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第311話 距離を越えて


 前回の場面の続きです。


「!!」


 はるか遠くの(やぐら)の頂点で。

 ヨシュアは最後の敵兵を討ち、今まさしくその場を制圧した瞬間であった。


 彼はその超人的な視力で、レヴィへと剣が振りおろされた瞬間を捉えていた。

 そして同時に、時がとまったのではないかと見紛(みまご)うほどの速度で、彼の思考がまわりはじめる!




 ……先に述べたとおり、神の肉体をもつ彼ならばレヴィのもとまで跳躍(ちょうやく)し、一瞬で到達することは可能。

 だが、足場となるこの奇岩に、その跳躍に耐えうるだけの強度がない。


 奇岩の岩質はけっして(やわ)なものではなかったが、彼がその身体能力を発揮するのにはあまりに(もろ)すぎたのだ。

 無理に跳びたとうとしても、櫓が粉砕されて倒壊するのが関の山。

 トゥラハマの強弓(ごうきゅう)を使う手はあったが、弓はすでに彼がまっぷたつに斬り捨ててしまっていた。


 ヨシュアの能力をもってしても、レヴィを救うことはもはや不可能。


 とは言え、人間の女がひとり死んだところで、彼にはなんら問題はないのであった。

 帝国の人間どもにまんまとしてやられたことは、腹立たしくはあったが。


 ――レヴィが、死ぬ。――




 バルドゥークの剣が、レヴィへと振りおろされた!


 彼女は死を覚悟し、目をつむっていた。

 ……しかし、彼女が感じたのは死の痛みではなく、自身を護るように包みこむ感触。


「え?」

「なにっ!?」 


 彼女はバルドゥークの剣に斬りきざまれることはなく、かわりにヨシュアに抱きかかえられていた!


 バルドゥークの四本の剣を、ヨシュアは片腕一本で受けとめている。

 一点で交差する、五本の剣。


 ――神気発動、『距離』の消滅!


 ヨシュアは最小限の闇の自然素を用いて、一瞬でバルドゥークの前に現れてみせた。

 ヨシュアとレヴィとの『距離』は消滅し、彼は彼女を強く抱きよせていたのだ!


「ヨシュア様っ!」


 バルドゥークは激しく動揺(どうよう)しながらも、再び剣を振りあげた。


「貴様っ! どこから現れた!!」

「闇の(ふち)からだ」


 ―― 一閃!


 ヨシュアの剣にバルドゥークの胴は両断され、なすすべなく倒れたのであった。


「バルドゥーク様がやられたっ……!」

「なんだと!?」


 帝国最強の騎士がやられた衝撃は大きく、バルドゥークの部隊はまたたく間に総崩れすることとなる。


 レヴィの部隊が盛りかえしていくのを、ヨシュアは静かに見届けていた。

 いっぽう、レヴィは彼の腕のなかで。


「…………」


 全覆(フルフェイス)の兜の隙間からのぞく彼の顔を、じっと見つめていたのであった。


「ム?」

「……はっ!」


 彼と目が合ってしまったレヴィは、あわてて彼の腕から逃れようともがいた。

 顔じゅう、燃えるように真っ赤にさせている。


「すすすっ、すみません! ついまじまじと……!

 予備のかぶと予備のかぶと……」


 そう言って、彼女は地面を()って頭にかぶるものを探している。

 そんなところを探してもなにもありはしない。




 トゥラハマ、バルドゥークと、続けざまに強力な(こま)を失った帝国軍。

 その後も、ヨシュアは次々と敵の主力をうち破り、帝国軍を弱体化させていく。

 そして……。


「敵の総大将を討ちとったぞ!」

「我われの勝利だ!」

「やったぁ!!」


 歓喜(かんき)の声をあげる王国軍の兵士たち。

 ファルン王国軍は絶望的な戦力差をくつがえし、ムズゼグ帝国の首都を守る要塞を突破したのだ。

 それはすなわち、ムズゼグ帝国を滅ぼしたのと同義である。


 ……いや、それだけではない。

 大国・ムズゼグ帝国を飲みこんだファルンは、一気に大陸の()を争う列強の一角として、名乗りをあげたのである!


 喜びに包まれる兵士たちに囲まれて、レヴィも涙を流していた。

 ヨシュアの胸に、頭をもたせかけながら。


「すごい……! ほんとうに、信じられない……! ヨシュア様……」

「…………」


 ヨシュアは自身に身を預けるレヴィを見おろしていた。


 ……彼がレヴィを救っていなければ、彼女はこの世を去っていたことだろう。

 彼女を助けたことに、後悔はない。

 だが、ヨシュアの胸中には一抹(いちまつ)の懸念が残されていた。


 戦闘中に彼が発したほんのわずかな神気。

 その小さな足跡(そくせき)は、()()()大きな波紋をもたらしていたのであった――。




※ヨシュア(デスアシュテル)は闇の自然素による『距離』の消滅により、


①敵を自分に近づけること

②自分が敵に近づくこと

③あるいは両方を近づけて任意の位置で接触させること


 ①から③のいずれをすることも可能です。


 あるいは、自分以外の物体どうしを接近させることも可能です。


 ただし、実際に世界の『空間』が消滅していっているわけなので、使用しすぎるとひずみが大きくなり、世界が崩壊しかねない危険な能力でもあるのです。



 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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