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第308話 峡谷での戦い

 レヴィたち王国軍はムズゼグ帝国軍の戦線をさらに押しさげていき、とうとう国境を超え、逆に帝国の首都へと向けて軍を進めていた。


 この勢いに乗じ、かねてよりファルンの存続をおびやかしてきた仇敵(きゅうてき)を討とうという考えである。

 ムズゼグ帝国の打倒は、ファルンにとって長年の悲願であったのだ。

 小国の躍進(やくしん)に周辺各国の注目も集まるなか、ファルン王国軍は着実に帝国の首都へと歩を進めていく。


 そしてついに、王国軍はあと一歩で帝国の首都に到達するところまでたどり着いたのであった!

 

 周囲を険しい山岳(さんがく)に囲まれた帝国首都への出入り口は、峡谷(きょうこく)が一箇所あるのみである。

 しかしその峡谷には、世界でも有数の規模の要塞(ようさい)が建設されていた!


 さらに、帝国の危機に広大な国土に分散していた兵士たちが一斉に駆けつけた。

 まさしく、帝国の総力が一箇所に集中していたのである。


 峡谷を閉ざすように建設された巨大要塞。

 要塞を守るのは数十万人規模の野蛮な兵士たちである。


 さらに特徴的なのは、峡谷の底面から生えでるように伸びるツクシ型の奇岩(きがん)

 見上げるほどに高い奇岩が、無数に群立(ぐんりつ)している。


 しかもその一本一本に螺旋状の階段が設営されており、強力な(やぐら)として機能している。

 馬に騎乗しての戦いが基本であったこの時代、天然の櫓から撃ちだされる矢の雨が、難攻不落の要塞をさらに攻略困難なものにしていたのである。



 

 峡谷の入り口に布陣を敷き、要塞を見据えるファルン王国軍の将校(しょうこう)たち。

 そのなかには当然、レヴィとヨシュアもいた。

 彼女たちのもとにも、ほかの将校たちの不安げな声が聞こえてくる。


「いよいよ帝国との最終決戦ですな。

 この要塞を突破すれば、帝国は落とせる!」

「だが、敵も死にもの狂いだ。

 こちらもほぼ全戦力をつぎ込んでいるから、返り討ちにあえばこちらが滅亡の危機に逆戻りだぞ……!」

「ほんとうに、我われはこの要塞を攻略できるのか……!?」


 峡谷を吹きぬける風が厚い要塞によってせきとめられ、砂をまきあげる。

 砂煙にくゆる要塞の威容(いよう)に、王国軍の兵士たちは皆、尻込みをしていた。


 こんなにも堅牢(けんろう)で、恐ろしげな要塞は見たことがない!

 また、手前に群生するツクシのように乱立している奇岩も、その恐ろしさに拍車をかけていた。


 ……だが、それでも。

 それでも、勝てない気はしない。

 なぜなら今のファルンには、数十万の軍勢も、難攻不落の要塞も物ともしない男がいるのだから!


「ああ、たしかにファルン王国にこの要塞を攻略するだけのちからはないだろうさ。

 だが、こちらにはヨシュア殿がいる。

 これまで数々の奇跡を起こしてきた、あのお方が……!」


 皆の視線が、ヨシュアへと向けられる。

 傍らにいたレヴィが、気遣わしげに彼に声をかけた。


「ヨシュア様、いけそうですか……?」


 ヨシュアは要塞を一瞥(いちべつ)し、事もなげに答えた。


「フン、問題にもならんな。さっさと始めろ。

 くだらん(いくさ)を終わらせるぞ」

「おぉ、なんと頼もしい……!」

「…………」


 ……彼の傍らで、レヴィはひそかに身震いした。


 ――この方はもしかしたら、ほんとうにひとりでこの要塞を制圧できるのかもしれない。

 ともに戦う私たちは、実はむしろ足枷(あしかせ)でしかないとしたら……?

 人間どうし、国どうしの戦いで、我が国が出兵しないわけにはいかないのだけれど。


 レヴィはひとり、そんな疑念にとらわれていたが、(いや)(おう)でも戦いの始まりは訪れる。

 国がひとつの国を滅ぼすには、国家が総力をあげて戦ったという歴史的事実が必要なのである。


 王国軍側の総大将が、開戦を宣言した。


「帝国との長年の戦いに終止符をうつぞ!!

 全軍、出撃だーっ!!」


 ――峡谷の要塞での戦い、開戦。




 開戦早々、王国軍と帝国軍は真正面から激突した!

 戦場の熱は開始直後から最高点に達し、峡谷のなかを戦いの喧騒(けんそう)が埋めつくした。


 屈強(くっきょう)な帝国軍兵士たちに対し、王国軍も負けじと奮戦している。

 兵士たちの勇猛(ゆうもう)な戦いぶりを見て、側近が興奮した様子でレヴィに話しかけた。


「レヴィ様、兵士たちはがんばっていますね!」

「ええ。最近は勝利が続いていたので、兵士たちも自信をもって戦えているようです!」


 連戦連勝で、王国軍の兵士たちには勝ちグセがついていたのだ。

 彼らの勢いは乗りに乗っている。


 また、数において不利がある王国軍にとって、左右が断崖(だんがい)になっていることも都合がよいほうに働いた。

 どんなに向こうの数が多くとも、一度に戦える人数は限られており、包囲される心配もない。

 正面の敵と戦うことに集中することができたのだ。


 ……とは言え、敵も後がないので必死である。


 ツクシ型の奇岩を櫓とした矢の掃射(そうしゃ)も、やはり非常に厄介だ。

 敵は多少帝国兵が紛れこんでいても、王国兵のほうが割合が多いと見れば、その地点にためらうことなく矢の雨を浴びせかけてくる。


「! 矢が降ってくるぞ!」

「盾を構えて身を寄せあえ!

 屋根をつくるんだ!!」


 まさしく、どしゃ降りの雨のように降りそそがれる矢。

 王国兵たちは頭上に盾を構えて矢をしのいでいる。

 しかし、片手をあげたままでは戦いづらく、兵士たちに多大な負担を強いていた。


 峡谷で激しい戦闘が繰りひろげられるなか、レヴィが率いる部隊も最前線で戦っていた。

 彼女が矢継ぎ早に兵士たちに指示をだしているところに、隣の部隊の長が駆けつけてきた。


「レヴィ王女!」

「! ストラウト公」


 彼女のもとにやってきたのは、ファルンの貴族であるストラウト公爵であった。

 高貴な身分でありながら、知略と武芸に優れ、兵士を率いている。

 おまけに長身で渋めの美中年である。


 レヴィとは古くからの知人であり、年齢は離れているが、互いのことをよく知る友人でもある。

 彼はレヴィへと、ある提案をもちかけにやってきたのだ。


「レヴィ王女、あの奇岩の櫓への対処は私めにお任せください!

 我われの部隊で奇岩を駆けのぼり、制圧していきます。王女は地平での戦いに専念なさってください!」

「! お任せしてもよろしいのでしょうか、ストラウト公!?」

「お任せくだされ!

 王国軍のなかでも有数の規模を誇る我が部隊にかかればあのような櫓など……おごっ!!」

「ッ!?」


 レヴィの目の前で、ストラウト公の下顎(したあご)から上は弾けとんでしまった。

 頭部を失った彼のからだはちからなくふらつき、馬上からくずおれていった。


 ……弓矢だ!

 矢は彼の頭部のど真んなかを正確に射抜いていた。

 しかも、弓矢とはとても思えないほどの破壊力!


「遠方からの射撃だ! 狙われているぞ!!」

「レヴィ様、我われの背にお隠れください!」

「だが、どこから撃ってるんだ?

 ここはどの奇岩からも遠い地点だぞ!」


 側近たちが、レヴィを護るように即座に彼女をとり囲んだ。

 だが、あたりを見まわしても弓矢の射手(しゃしゅ)の姿は見当たらない!


 代わりに聞こえてくるのは、次々と流れこんでくるほかの部隊からの被害報告。


「第十四部隊隊長、討たれました!」

「第七部隊、ラグナ伯爵も即死だそうです!!」


 各部隊の有能な指揮官たちが次々と倒れていく。

 それらの被害報告を聞き、レヴィの側近たちは戦慄(せんりつ)していた。


「いったいこの戦場で、なにが起こっているんだ……!?」


 側近たちが浮き足だつなか、ヨシュアは遠くを見やり、事もなげに答えた。


「あの奇岩の頂点からだな。

 隻眼(せきがん)の射手が各部隊の隊長格を狙い撃ちしている」


 ヨシュアが指さしたのは、レヴィたちがいる地点からはるか遠くに立ちあがっている奇岩。

 この峡谷のなかでもひと際背が高い、ツクシ型の奇岩である。


「あんなに遠くから……っ!?」

「待て、隻眼の射手ってもしかして、『隻眼の弓士(きゅうし)』トゥラハマか!?」

「トゥラハマといえば、この大陸グライツィアでも三本の指に入る弓使いだぞ!

 傭兵(ようへい)として帝国に雇われていたのか!」


 ……このまま各部隊の指揮官が射抜かれていけば、じきに王国軍は崩壊するだろう。

 ヨシュアは隻眼の射手がいる奇岩のほうへと目を向けながら、レヴィに声をかけた。 


「レヴィ、私はあの男を仕留めてくる。

 射線に顔をださないように気をつけろ」

「え!? あっ、はい!」


 ヨシュアは馬の腹を蹴り、敵陣のど真んなかへと突っこんでいった――。




 今回の場面は次回に続きます。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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