第305話 ムズゼグ帝国の襲来
前回の場面の続きです。
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ファルン王都の前面に配置されたムズゼグ帝国の軍勢。
その大軍勢を、王都在留軍の兵士たちは城壁の上から目の当たりにしていた。
「なんだ、この敵兵の数は……!?」
「十万騎はゆうに超えるぞ。
いや、二十万超え……!?」
おびただしい数の敵兵が王都をとり囲むさまは、まるで軍隊蟻の群れに迫られているかのよう。
しかも、帝国の兵士と馬は蛮族出身の荒くれ者たち。
統率のとれた行動は苦手だが、気性が荒く、個々の戦闘力は高い。
帝国の兵士たちは皆、めいめいに雄叫び声をあげながら、今か今かと開戦の合図を待ちわびている。
対して、ファルンの王都在留軍の兵力はせいぜい五万騎ほど。
小国にしては兵力を維持しているほうだが、この大軍勢には敵うべくもない。
王都の城壁のなかに住む民たちも震えあがり、暴虐の限りを尽くすという敵の襲来におびえていた。
とある民家では子どもが震えて泣き、母親にすがりついていた。
「ママ、怖いよぉっ……!」
「大丈夫、兵隊さんたちがみんなを守ってくれるからね」
子どもを抱いてあやす母親の手も、震えていた。
レヴィとその側近たちも城壁の上から敵の軍勢を見やり、それぞれの考えを口にしていた。
「これはもうっ……!
さすがに無理なんじゃないのか……!?」
「弱音を吐くな。
俺たちがあきらめたらお終いだぞ!」
「どうする?
どうせ負けるなら、決死の覚悟で敵の本軍に突撃をかけるか?
一点突破ならもしかして本陣に届くかもしれないぜ」
「馬鹿!
城壁防衛のための貴重な戦力をひとりでも無駄にするな!」
「……いや、意外とありかもしれんぞ?
敵もまさか我われがそんな行動を起こすとは予測していないだろうし、うまく総大将を落とせれば敵軍を後退させることもできるかもしれん」
「…………!!」
レヴィは側近たちの会話を聞きながら、必死に考えをめぐらせていた。
なにか起死回生の策はないか?
なにか自分にできることはないか?
彼女は神にもすがる思いで、この国を救う術を模索していたのである。
そんな彼女の横顔を、ヨシュアは傍らで見つめていた。
「フム……」
ヨシュアは目をつむり、耳を澄ませた。
……神である彼の肉体は、神気を使わずとも超人的な能力を発揮する。
その聴力は意識さえ向ければ、十万を超える敵の大軍勢のなかから、自身が必要とする会話を聞きわけることすら可能だったのである!
(あぁ、早く暴れまわりてぇなぁ)
(遊牧民どものおびえる顔が楽しみだぜ)
――ちがう。これはどうでもいい。
(ファルンの王女は絶世の美女だという噂らしいぞ。早くメチャクチャにしてやりてぇぜ、ゲハハハ!)
(バァカ。そんな上玉はすべて総大将のところに持ってかれてオシマイだ。
お前のところにはオコボレもこねぇよ)
――これもちがう。
私にとってはどうでもいいことだ。
(…………)
(…………)
――これだ。
ヨシュアはその双眸をひらいた。
「いや、敵の総大将と軍師は中央の本軍にではなく、右から三番目の小隊のなかにいる。
ファルンからの捨て身の突撃への対策だ」
「……え!?」
「ヨシュア殿、今なんと!?」
レヴィの側近たちが驚きのまなざしを向けるなか、ヨシュアは彼女のほうを振りむいた。
「その兜と、馬を貸せ。下の城門をあけろ。
私ひとりでじゅうぶんだ」
「なっ……!」
そう言って、ヨシュアはレヴィから全覆の兜を奪いとると、城門へと続く階段をひとりで降りていった。
「ヨシュア様っ……!? ちょっとお待ちを……!」
ヨシュアはレヴィがとめるのも聞かず、兵に城門を開けさせると、そのまま馬に乗って駆けていってしまった!
レヴィの側近たちも、にわかに騒ぎだす。
「おいおい、あいつホントに行っちまったぞ!?」
「レヴィ様、どうしますか!?」
突如として起こった予想外の事態に、レヴィの指示をあおぐ側近たち。
……しかし、彼女のヨシュアを信じる心は揺るがない!
「やむを得ません、私たちも行きましょう!!」
「……ええい、どうせ敗色濃厚なんだ。くそっ!」
「俺たちも出撃だーっ!!」
こうして、レヴィとその側近たちは、あわてて階段を駆けおりていったのであった――。
今回の場面は次回に続きます。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




