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第304話 『蒼き草原の国』ファルン

 ――『蒼き草原の国』ファルン。

 国土の大半を草原が占め、数多くの遊牧民族が住む国。


 しかしこののどかな国は今、隣接(りんせつ)する『ムズゼク帝国』からの侵略を受け、国家の命運が尽きようとしていた。

 隣国といっても、ムズゼグ帝国は保有する国土面積、軍事規模ともに比較にならない強大国であり、ファルンは隣接する小国のひとつにすぎなかった。

 ムズゼグ帝国は周辺の小国を次々と(たい)らげて増大しており、ゆくゆくは大陸グライツィアの()を競う強国のひとつになると目されていたのである。


 そしてまさしく今、ファルンがその標的となっていた。

 最初から、こののどかな遊牧民の国がとうてい太刀打ちできる相手ではなかったのである。


 ファルンの王都は連日の敗戦報告にうち沈み、いよいよ侵略軍は目前まで迫っている。

 この国家存亡の危機に、王城でも会議は混乱を極め、紛糾(ふんきゅう)していた。


「国王! 王都の最終防衛線が突破されました! ムズゼグ帝国軍は間もなく王都に到達します!!」

「なんということか……。

 国王、もはや降伏するよりほか道はないのでは……」

「いや!

 ムズゼグ帝国は蛮族が(おこ)した国で、侵略した国に対し、残虐の限りを尽くすという。

 最後まで徹底的に抗戦するべきだ!」


 議論はまとまらず、いつまでも平行線をたどるばかり。明確な打開策はなにもでてこない。


 王は玉座(ぎょくざ)でうなだれたまま、臣下たちの不毛な議論に耳を傾けていた。

 そこに、さらに新たな悲報が到着した。


「国王!

 やはり王都防衛軍は散り散りとなって跡形もなく壊滅、もはや再起は不可能のようです」

「!! なんということか……」


 ファルンの切り札、王都防衛軍。

 たとえ最終防衛線が突破されたとしても、軍さえ生きのこっていれば、再編して戦うことはできる。

 逆に敵軍の背後にまわりこみ、王都内部に残る軍と挟撃(きょうげき)することも可能であっただろう。


 だが、壊滅させられてしまったとあれば、どうしようもない。

 残されているのは王都内部の在留軍のみであり、もはや打つ手は残されていなかった。


 悲嘆(ひたん)に暮れる国王のもとに追い撃ちをかけるように、さらなる悲報がもたらされる。


「続報です!

 レヴィ王女の部隊は森林地帯の小山に逃げのびましたが、その山も敵の部隊に包囲されてしまったとのことです。

 もはや生きて帰ることは絶望的であるとのこと……!」

「おぉ……! レヴィ……!!」


 ……国王はレヴィの出兵に最後まで反対したが、彼女は国のために戦うと言って聞かず、飛びだしていってしまったのだ。

 剣の実力、将としての素質、ともに申し分ないことはわかってはいたが……。


 ――もはやここまで。

 レヴィよ、私もすぐに()()()に行くぞ……!


 願わくば、彼女が王女であることを悟られず、(はずか)しめを受けずに()けたことを望むばかり。


 国王がすべてをあきらめた、そのときであった。

 今度はまったく予想だにしていなかった知らせが届き、王城はにわかに活気づくのである。


「急報ーっ!!

 レヴィ王女が、レヴィ王女が……!

 王都に生還されました!!」 

「なにっ!?」


 国王は王座から飛びたたんばかりの勢いで立ちあがる。

 知らせが届いて間もなく、当の本人であるレヴィも王の間へと駆けこんできた!


「父上っ!」

「おおぉ、レヴィっ!!」


 親子は互いに駆けより、強く抱きしめあった。


「信じられぬ……。

 このぬくもり、間違いなく私の娘だ。

 これは、神の与えたもうた奇跡なのか?」


 国王はレヴィと同じ赤みを帯びた黒髪をもち、今はたっぷりとたくわえた(ひげ)を涙でびしょびしょに濡らしている。

 親子は奇跡の再会を喜びあっていたが、やがて父王は表情を(くも)らせた。


「レヴィ、お前が生きて帰ってきてくれたことはなによりも喜ばしいことだ。

 だが……この国は終わりだ。

 王都にはもう、ムズゼグ帝国に対抗するだけのちからは残されておらぬ」

「父上、まだあきらめてはなりません。

 私は()()()()とともに、敵兵ひしめく夜の森を抜けてきました。

 そして、確信いたしました。

 彼は間違いなく英雄として、王国の歴史に名を残す方ですわ……!」

「あのお方……?」


 レヴィと父王(ちちおう)の視線は、遅れて王の間に入ってきたヨシュアへと向けられる。

 王は彼の姿を認めるやいなや、その目を大きく見開いた!


「おぉ……! なんと、あの男は……!!」

「! 父上、ご存知なのですか?」

「いや、知らん。だが、なんたる美丈夫(びじょうふ)

 レヴィよ、まさかあの男と婚姻(こんいん)したいと申すのか……!?」

「えぇ!? ち、違います!」


 とたんに耳まで真っ赤に頬を染めるレヴィ。


 しかし父王はレヴィの話など聞かずに、ヨシュアのもとへと歩み寄る。

 そして王はぐっと顔を寄せ、ヨシュアの顔をまじまじと見つめた。


「なるほど。

 其方(そなた)|もレヴィと婚姻したいと申すのだな?」

「いや、そうじゃない」

「父上! 今そんなことを言ってる場合ですか!?」


 父王は今が国家存亡の危機であることも忘れ、ヨシュアの両肩をグワシ! とつかんだ。


「フム。たしかに、人間とは思えぬほどの底深(そこぶか)さを秘めた器の持ち主。

 私にはわかるのだ。

 たしかに我が娘の伴侶(はんりょ)には、其方のような男がふさわしいのかもしれぬ……!」

「 ち ち う え っ !! 」


 (……人の話を聞かない男だな)


 ヨシュアはレヴィの父親であるという目の前の男に対して、そんな印象を抱いた。

 細かいことを言えば、ヨシュアも人ではないが。


 しかし、父王は娘が連れてきた男へ向ける厳しいまなざしをふっと緩め、たっぷりたくわえた髭の下でほほえんだ。


「とにかく、生きて再び娘と再会することができたのは無上の喜びであった。

 一国の王として、ひとりの父親として。

 最大限の感謝を述べる」

「ム……」


 龍神の肩を人間風情(ふぜい)が気安くつかむなど無礼千万。

 普段であれば、肩をつかんだ瞬間に処刑しているところである。


 ……しかし不思議と、ヨシュアは父王にそのような態度で接されても不快ではなかったのである。

 これは、仮にも一国の王を務める男の風格がなせる(わざ)なのだろうか?


 ヨシュアと父王がそのようなやり取りをしているあいだにも、王の間には次々と新たな知らせが届けられる。


「国王!

 ムズゼグ帝国の軍勢が、ついに王都にまで到達しました!!」

「! きたか!!」


 ムズゼグ帝国軍の襲来。

 ついに、恐れていた事態が起こってしまったのである。




 今回の場面は次回に続きます!


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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