第302話 千年前の記憶
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――千年前の龍神戦争。
光の龍神たちとの戦いに敗れた、闇の龍神デスアシュテル。
個として圧倒的なちからを持ちながらも、数多の龍神たちに囲まれては勝つことは難しかったのだ。
争乱のなか、宵闇のちからに身を紛れさせて逃げのびることはできたものの、彼は全身に深い傷を負っていた。
そうしてデスアシュテルは、人間界に紛れこんだ。
龍神たちに見つからぬよう、神気を隠し、人の身に扮して。
彼はとある小屋へとたどり着いた。
山奥に隠れるように、ひっそりとたたずむ小屋。
真夜中にひとり訪れた彼を、心優しい家族は気遣い、暖かく迎えてくれた。
しかし彼はその家族を殺め、遺骸をさらに山奥に捨てた。
彼に、人の優しさを理解するつもりなど欠片もなかったのだ。
デスアシュテルはひと仕事を終えると、誰もいなくなった小屋のなかの、木の椅子にどっかりと座りこんだ。
闇の龍神である彼には夜の灯りなど不要であったが、先の住人たちが点けていた燭台の火が、部屋のなかでゆらめいている。
灯りに照らしだされているのは、予期せぬ客人をもてなそうとつくられた食事。
食事からはまだ、湯気が立っている。
木造の小屋には、つい先ほどまで人間が住んでいた気配が残っていた。
なんの罪もなく、ただ山奥でひっそりと暮らしていただけの家族。
しかしデスアシュテルに、罪の意識などあろうはずもない。
彼の意識を占拠しているのは、自身と敵対した龍神たちへの憎しみのみ。
傷ついた身を椅子に預けながら、彼はひとり言をつぶやいた。
「おのれ、憎き龍神どもめ。
この身が癒えたならば、今度こそ全員この手で葬りさってくれるわ……!」
彼は傷ついた肉体が癒え、闇夜のちからをじゅうぶんに蓄えたら、人間界をでていくつもりであった。
光の龍神たちに復讐を果たしに行くのだ。
徹底的に叩きのめされ、人間に扮するという屈辱を味わった今もなお、光の龍神たちの滅亡を企むデスアシュテル。
……しかし、それは運命の悪戯だったのか。
間もなく彼のもとに、転機が訪れることとなるのである。
椅子に身を預けたまま休むデスアシュテル。
だが、なにやら外が騒がしい。
小屋の周囲には夜の森が広がるばかりであるはずだが。
そうこうしているうちに、小屋の扉が突然ひらかれ、何者かが飛びこんできた。
「はぁっ、はぁっ……!」
……軽装鎧を身にまとい、全覆の兜を被った騎士。
その者は兜も脱がず、部屋に入るなり叫んだ。
「お助けください!
追手が迫っているのです、かくまってはいただけませぬか!?」
「……なんだ貴様は」
デスアシュテルは来訪者をにらみつけた。
……夜の闇は安らぎと静けさの象徴。
彼は自身の休息を妨げる者を許さなかった。
――消すか。
デスアシュテルが不躾な来訪者を殺害しようと動きだそうとした、そのほんのわずかに先であった。
「はっ!」
騎士は外から迫る者たちの気配に気づき、ひらきっぱなしの扉のほうへと振りむいた。
小屋の外からは、何人もの野太い男の声が聞こえてくる。
「こんな山小屋に逃げこんだところで無駄だ!」
「お前がこのなかに逃げこんだことはわかっている! おとなしくでてこい!」
呼ばれた騎士は、観念したようにまた小屋の外へとでていく。
外では、馬に乗った数十人規模の小隊がとり囲んでいた。
赤銅の鎧に身を包んだ、どこかの国の騎士たちのようだ。
「ククク、ようやく諦めがついたようだな」
「これで、敵将を討ちとった手柄は我われのものだ!」
小屋のなかに逃げこんだ者もまた、どこかの国の騎士。それも、将に値する位の騎士であるようだ。
逃げた敵将が小屋から姿を現したことにより、男たちは喜び猛る。
……しかし、その将は自身がたったひとりであるにも関わらず剣を構え、男たちに挑む姿勢を見せた!
「みすみす討ちとられるつもりはない。
我が国のため、ひとりでも多く道連れにしてくれる!」
将は単身でありながら勇敢であった。
しかし男たちは、そんな彼の懸命な態度を笑う。
「ワハハハ! ひとりでいったいなにができると言うのだ!」
「こやつの首を祖国に持ち帰り、褒賞をいただくぞ! 皆の者、かかれ!!」
そうして、男たちは一斉に襲いかかる!
どう見ても、その将には勝ち目がない。
あまりに多勢に無勢なうえ、男たちは馬に乗っているのだ。
将は、なぶり殺しにされるよりほかなかったのである。
……だが、彼へと振りおろされた剣は、その身に届くことはなかった。
「なにっ!?」
いつの間にか姿を現したデスアシュテルが将の前に立ち、最初に振りおろされた剣の一本を、素手でつかみ取っていたからである。
デスアシュテルが放つただならぬ殺気に、男たちはたじろぎ、剣を振りとどめた。
「なんだこやつは……!?」
「貴様! 名を名乗れ!!」
デスアシュテルは名を名乗るように求められたが、要求に応えるつもりなど毛頭ない。
代わりに彼が男たちに向けたのは、殺意に満ちたまなざし。
「うるさいぞ、人間ども。
私の休息を邪魔するな」
「なんだと……!?」
「ええい、構うな!
この男もまとめて葬りさるのだ!!」
男たちは再び、デスアシュテルたちに襲いかかる。
だが、たとえ神としてのちからを封じているとはいえ、ただの人間が闇の龍神に勝てるわけがなかった。
「う、うわぁっ!」
「ごふっ!!」
デスアシュテルはつかんでいた剣をそのまま奪いとると、馬上の男たちを次々と斬り捨てていった。
「す、すごい……!」
そのあまりに凄まじい戦いぶりに、傍らにいた騎士はただ呆然とデスアシュテルの戦いぶりを見つめていた。
相手に逃げる暇すら与えず、デスアシュテルはまたたく間に敵を平らげてしまった。
あとに立っているのは、デスアシュテルとその傍らにいた騎士、そしてたまたま攻撃をまぬがれた数匹の馬のみである。
騎士は唖然としながらも、デスアシュテルに礼を述べた。
「あ、ありがとうございました……。
おかげで命拾いしました」
「勘違いするな。
こいつらは目障りだったから斬っただけだ。
私の気分が変わらぬうちに、貴様もとっとと失せろ」
そう言って踵をかえし、デスアシュテルは小屋へと戻ろうとする。
……しかし、そんな彼を騎士は呼びとめた。
「お待ちください、名も知らぬお方!」
――私の休息を邪魔するなと言っておろうが……!
デスアシュテルはいらだち、いよいよその騎士を消そうと振りかえった。
……だが、なぜだったのだろう。
たとえ一瞬のことであったとはいえ、彼がその行動を思いとどまったのは。
それはもしかしたら、運命が絡みゆく気配を、神たる存在である彼は無意識に感じとっていたからなのかもしれない。
「先ほどの戦いぶり、とてつもない武力をお持ちの方であるとお見受けしました。
どうか私とともに戦い、滅びゆかんとする我が祖国をお救いいただけませんでしょうか……?」
デスアシュテルか見てる前で、その騎士はおもむろに全覆の兜を脱いだ。
――女……?
顔を見せたのは、類いまれなる美貌をもつ少女。その美しさは、夜明けの光に照らされて輝く朝露のよう。
彼女は赤みの混じる黒髪に、オパールを思わせる虹色の瞳をもっていた。
「私の名はレヴァスキュリテ。
この王国ファルンの、第一王女です」
物語の最終盤にしてこの構成はかなりの冒険ですが……。
デスアシュテルの過去編、スタートです!!
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




