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第301話 想いを届ける矢


 前回の場面の続きです。


「今よ、ティラン!」

「アレス! ルナクスさん!

 すぐに終わらせるから、もう少しだけ待っててね!!」


 ティランとその龍はアレスとルナクスの脇を抜けて、ヴィレオラのもとへと駆けだしていった!


 吹きすさぶ瘴気(しょうき)の嵐。

 いくら身のこなしが(あざ)やかなティランでも、すべての障害をかいくぐって進むことはできない。


 しかし、サキナが瘴気のこもった血肉を撃ちぬいていき、ティランの行く道を切りひらいていく!

 サキナもまた、(げん)を引きすぎて()りきれた指で、必死に弓矢を射つづけた。


 一歩踏みまちがえれば即死という、あてなき死路(しろ)の上を、ティランは駆けぬけていく。

 そしてとうとう、ヴィレオラが渾身の『礫肉(フルシュ・ル)呪骸(クライヒナム)』を放っている隙を突き、ティランは彼女の横へまわりこんだ!

 標的を仕留めるべく、ティランは自身の龍の背から跳びたった!!


「ヴィレオラ、覚悟っ!!」

「ヴッ!!?」


 ……ここまでの連戦に次ぐ連戦で、ティランが所有する武器の多くは破損し、失われていた。

 彼に残されたのは両腕の仕込み刃、二本のみ。


 その二本で、決着をつけなければならない。

 ティランはまず、左腕の仕込み刃を鋭く振りおろした!


「はぁっ!!」

「ッ!!」


 左腕の仕込み刃は、ヴィレオラの骨の(よろい)の胸当てを砕いた!

 能力の酷使(こくし)により、彼女が身にまとう骨片も(もろ)くなっていたのだ。

 胸当てが砕け、彼女の胸部が無防備に(あら)わとなっている。


 しかし同時に、ティランの仕込み刃も砕かれてしまった。

 残されたのは、彼の右腕の仕込み刃、一本のみ。


 すかさずティランは、彼女の心臓を貫こうと右腕の仕込み刃も振りおろした!

 だが、しかし――。


「ナめるなよ、小僧ォッ゛!!」

「!?」


 ヴィレオラがティランをにらみつけるのと同時に、瘴気の(かたまり)を飛ばした!

 ティランは右腕の仕込み刃で相殺(そうさい)したが、瘴気に包まれ、刃先を砕かれてしまった。

 ヴィレオラに届くまであと一歩というところで、ティランはすべての攻撃手段を失ってしまったのだ。


 ――しまった。もう手持ちの武器がない……!


 ……彼は、作戦の失敗を悟る。


 ほかのみんなが、身を呈して自分を護ってくれたのに。

 今日このときのためにずっとがんばってきたのに。

 自分は失敗してしまったのだ。


 あまりにも残酷な現実。

 すべてが、絶望に包まれていく――。


 そのとき、彼を呼ぶ女性の声がした。


「ティランっ!!」

「!!」


 それは、『命の結晶』の赤い光を宿した矢。

 サキナは一本の矢を撃ちはなち、ティランの手元へと送りとどけていたのだ!


 ――サキナさん!


 なにが起こっても、彼が役目を果たせるように。

 それは、仲間へと送られた想い。

 そしてその想いは確実に、ティランのもとへと届いていたのだ。


 この想いに、応えないわけにはいかない!

 ティランは宙で、弓矢をつかみ取る!!


「やああああああああっ!!」


 そして彼はその矢を、ヴィレオラの左胸へと突き刺した!!


「……かはっ!」


 左胸を貫かれ、ヴィレオラは血を吐いた。

 瘴気に身を冒されていた彼女は心の臓を貫かれ、その生命活動を終えたのだ。


 あたりにあふれていた瘴気が放散し、空にうすれて消えていく。

 戦場に咲きつづけた『不死』の華が、散り落ちた瞬間でもあった。




 死を迎え、意識が潰えるまでのほんのわずかな時間。

 自身から湧きでる瘴気の流れが途絶え、彼女は狂気から解放されることとなる。


「申し訳ございませぬ。

 デスアシュテル……さまっ……!」


 正気を取りもどした彼女の胸に去来(きょらい)したのは、自身が忠誠を尽くした者へと向ける謝罪と……感謝の念。

 倒れながら空を(あお)ぐ彼女の視界には、闇に包まれた『天翼(てんよく)の浮遊城』が映っていた。


 ――生まれたときから、わたしのそばには『死』があった。

 呪われし人生であったと言ってもよいだろう。


 それでも、あなたに出会ってからのわたしの人生は幸せだった。

 そう思えるようになったのは、あなたのおかげ。


 ……そうして、ヴィレオラは目を閉じた。

 最後に目にしたこの世の光景を、魂に刻みつけて。


 ――たとえ()まれる命であったとしても。

 この世に『生』を受けたことを、感謝する。




 すべての瘴気が放散して消えたとき。

 再び散らばった骨片のなかに埋もれるようにして、ヴィレオラは息絶えていた。


 死闘を終え、龍から降りた部隊長たち。

 アレスのもとにティランとサキナが駆けよった。


 アレスはふたりの肩を、ぎゅっと抱きよせる。


「ティラン、サキナ殿……。

 みんな、みんなほんとうによくやった。

 我われの勝利だ」


 アレスに(いだ)かれるまま、サキナは彼に身をゆだね、ティランは泣きじゃくっていた。


「私たち、役目を果たしたのね……」

「アレスさん……。

 ガレルは……ガレルは天国でボクたちのがんばり、見ててくれたかなぁ」


 今は亡き戦友のことを想い、アレスの頬にもひと筋の涙が伝いおちる。


「ああ、絶対に見ててくれていたとも。

 私たちの前でいつも見せてくれていた、あの変わらぬ笑顔でな」


 数多(あまた)のつらく苦しい戦いを終え、彼らはついに自身の役目を果たしたのだ。

 まわりを見わたすと、一般龍兵たちの戦いもホセの采配(さいはい)が冴えわたり、優勢に傾きはじめているようだった。


 ……あとは、神々がこの世界の行く末を決めるのを待つだけ。

 アレスたちは、はるか上空を見上げた。


 彼らの視線の先に浮かぶのは、闇に包まれた『天翼の浮遊城』。

 その『闇の(とばり)』のなかでは、光と闇の熾烈(しれつ)な争いが続けられていたのであった。




『闇の帳』のなか、崩れゆく『天翼の浮遊城』を背景に。

 レゼルは闇の龍神デスアシュテルと剣を交えていた。


 ……もし仮に、彼女がこの戦いから生きのびることができたと仮定して。

 レゼルは今の自分がどんな風に戦っていたのかを、覚えてはいないだろう。


 それほどまでに、彼女は必死だった。

 圧倒的に強大なデスアシュテルのちからを前にして、レゼルは生きのこるだけでせいいっぱいだったのである。


『はぁっ、はぁっ、はぁっ……!』


『闇の翼』を発現したデスアシュテルは強かった。

 あまりにも速い動き。あまりにも重い剣。あまりにも暗い闇……。

 レゼルはただ、ただひたすらに剣を振りかえした。


 ……だが、光と闇が交錯(こうさく)するなかで。

 じつに不思議な現象が起こる。


 交える剣を通して、何者かの記憶がレゼルに流れこんできたのである!

 そこにあるのは行き場のない怒りと、憎しみと……そして、悲しみ。


 ――これは、闇の龍神の記憶……!?


 闇と光と、精神と時とが渾然(こんぜん)一体となったとき。

 魂に刻みこまれた記憶が、時空を超えて(よみがえ)った――。




 部隊長たち 対 ヴィレオラ、決着です!


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。

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