第301話 想いを届ける矢
前回の場面の続きです。
◆
「今よ、ティラン!」
「アレス! ルナクスさん!
すぐに終わらせるから、もう少しだけ待っててね!!」
ティランとその龍はアレスとルナクスの脇を抜けて、ヴィレオラのもとへと駆けだしていった!
吹きすさぶ瘴気の嵐。
いくら身のこなしが鮮やかなティランでも、すべての障害をかいくぐって進むことはできない。
しかし、サキナが瘴気のこもった血肉を撃ちぬいていき、ティランの行く道を切りひらいていく!
サキナもまた、弦を引きすぎて擦りきれた指で、必死に弓矢を射つづけた。
一歩踏みまちがえれば即死という、あてなき死路の上を、ティランは駆けぬけていく。
そしてとうとう、ヴィレオラが渾身の『礫肉呪骸』を放っている隙を突き、ティランは彼女の横へまわりこんだ!
標的を仕留めるべく、ティランは自身の龍の背から跳びたった!!
「ヴィレオラ、覚悟っ!!」
「ヴッ!!?」
……ここまでの連戦に次ぐ連戦で、ティランが所有する武器の多くは破損し、失われていた。
彼に残されたのは両腕の仕込み刃、二本のみ。
その二本で、決着をつけなければならない。
ティランはまず、左腕の仕込み刃を鋭く振りおろした!
「はぁっ!!」
「ッ!!」
左腕の仕込み刃は、ヴィレオラの骨の鎧の胸当てを砕いた!
能力の酷使により、彼女が身にまとう骨片も脆くなっていたのだ。
胸当てが砕け、彼女の胸部が無防備に露わとなっている。
しかし同時に、ティランの仕込み刃も砕かれてしまった。
残されたのは、彼の右腕の仕込み刃、一本のみ。
すかさずティランは、彼女の心臓を貫こうと右腕の仕込み刃も振りおろした!
だが、しかし――。
「ナめるなよ、小僧ォッ゛!!」
「!?」
ヴィレオラがティランをにらみつけるのと同時に、瘴気の塊を飛ばした!
ティランは右腕の仕込み刃で相殺したが、瘴気に包まれ、刃先を砕かれてしまった。
ヴィレオラに届くまであと一歩というところで、ティランはすべての攻撃手段を失ってしまったのだ。
――しまった。もう手持ちの武器がない……!
……彼は、作戦の失敗を悟る。
ほかのみんなが、身を呈して自分を護ってくれたのに。
今日このときのためにずっとがんばってきたのに。
自分は失敗してしまったのだ。
あまりにも残酷な現実。
すべてが、絶望に包まれていく――。
そのとき、彼を呼ぶ女性の声がした。
「ティランっ!!」
「!!」
それは、『命の結晶』の赤い光を宿した矢。
サキナは一本の矢を撃ちはなち、ティランの手元へと送りとどけていたのだ!
――サキナさん!
なにが起こっても、彼が役目を果たせるように。
それは、仲間へと送られた想い。
そしてその想いは確実に、ティランのもとへと届いていたのだ。
この想いに、応えないわけにはいかない!
ティランは宙で、弓矢をつかみ取る!!
「やああああああああっ!!」
そして彼はその矢を、ヴィレオラの左胸へと突き刺した!!
「……かはっ!」
左胸を貫かれ、ヴィレオラは血を吐いた。
瘴気に身を冒されていた彼女は心の臓を貫かれ、その生命活動を終えたのだ。
あたりにあふれていた瘴気が放散し、空にうすれて消えていく。
戦場に咲きつづけた『不死』の華が、散り落ちた瞬間でもあった。
死を迎え、意識が潰えるまでのほんのわずかな時間。
自身から湧きでる瘴気の流れが途絶え、彼女は狂気から解放されることとなる。
「申し訳ございませぬ。
デスアシュテル……さまっ……!」
正気を取りもどした彼女の胸に去来したのは、自身が忠誠を尽くした者へと向ける謝罪と……感謝の念。
倒れながら空を仰ぐ彼女の視界には、闇に包まれた『天翼の浮遊城』が映っていた。
――生まれたときから、わたしのそばには『死』があった。
呪われし人生であったと言ってもよいだろう。
それでも、あなたに出会ってからのわたしの人生は幸せだった。
そう思えるようになったのは、あなたのおかげ。
……そうして、ヴィレオラは目を閉じた。
最後に目にしたこの世の光景を、魂に刻みつけて。
――たとえ忌まれる命であったとしても。
この世に『生』を受けたことを、感謝する。
すべての瘴気が放散して消えたとき。
再び散らばった骨片のなかに埋もれるようにして、ヴィレオラは息絶えていた。
死闘を終え、龍から降りた部隊長たち。
アレスのもとにティランとサキナが駆けよった。
アレスはふたりの肩を、ぎゅっと抱きよせる。
「ティラン、サキナ殿……。
みんな、みんなほんとうによくやった。
我われの勝利だ」
アレスに抱かれるまま、サキナは彼に身をゆだね、ティランは泣きじゃくっていた。
「私たち、役目を果たしたのね……」
「アレスさん……。
ガレルは……ガレルは天国でボクたちのがんばり、見ててくれたかなぁ」
今は亡き戦友のことを想い、アレスの頬にもひと筋の涙が伝いおちる。
「ああ、絶対に見ててくれていたとも。
私たちの前でいつも見せてくれていた、あの変わらぬ笑顔でな」
数多のつらく苦しい戦いを終え、彼らはついに自身の役目を果たしたのだ。
まわりを見わたすと、一般龍兵たちの戦いもホセの采配が冴えわたり、優勢に傾きはじめているようだった。
……あとは、神々がこの世界の行く末を決めるのを待つだけ。
アレスたちは、はるか上空を見上げた。
彼らの視線の先に浮かぶのは、闇に包まれた『天翼の浮遊城』。
その『闇の帳』のなかでは、光と闇の熾烈な争いが続けられていたのであった。
◆
『闇の帳』のなか、崩れゆく『天翼の浮遊城』を背景に。
レゼルは闇の龍神デスアシュテルと剣を交えていた。
……もし仮に、彼女がこの戦いから生きのびることができたと仮定して。
レゼルは今の自分がどんな風に戦っていたのかを、覚えてはいないだろう。
それほどまでに、彼女は必死だった。
圧倒的に強大なデスアシュテルのちからを前にして、レゼルは生きのこるだけでせいいっぱいだったのである。
『はぁっ、はぁっ、はぁっ……!』
『闇の翼』を発現したデスアシュテルは強かった。
あまりにも速い動き。あまりにも重い剣。あまりにも暗い闇……。
レゼルはただ、ただひたすらに剣を振りかえした。
……だが、光と闇が交錯するなかで。
じつに不思議な現象が起こる。
交える剣を通して、何者かの記憶がレゼルに流れこんできたのである!
そこにあるのは行き場のない怒りと、憎しみと……そして、悲しみ。
――これは、闇の龍神の記憶……!?
闇と光と、精神と時とが渾然一体となったとき。
魂に刻みこまれた記憶が、時空を超えて蘇った――。
部隊長たち 対 ヴィレオラ、決着です!
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします。




