第299話 神の雷
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自身の最大最強の技『大地の咆哮』を放ったシュバイツァー。
彼が生みだした空気のうねりは万物を破壊しつくし、彼の前にはなにもない虚空が広がるばかり。
大地を深くえぐった跡だけが、延々と地の果てまで伸びていた。
しかし、それだけの破壊現象をなんの代償もなく発動できるはずがない。
シュバイツァーはそのちからのほとんどを使いはたし、技を放った反動で右腕があがらなくなっていた。
彼は左手で右腕を押さえ、晶龍の背上でうずくまっている。
腕と背中の痛み、そして意識が朦朧とするほどの疲労で、彼の整った顎先からは汗がしたたり落ちていた。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ……!」
――いよいよ俺もスッカラカンだ、ちくしょうが……!
右腕もイカれちまってる。
剣をにぎって離さねぇのがやっと。
……だが、もういい。ケリはつけた。
想定をはるかに超えて手こずらされたが、とにかく自分の落とし前はつけたんだ……。
……そう、決着はついたはずであった。
だが、シュバイツァーが再び顔をあげたとき、そこには信じられぬ光景が広がっていた。
「なんっ……だと……!?」
シュバイツァーの目の前に、彼女はいた。
シュフェルとクラムはほとばしる雷電を身にまとい、宙を舞っていたのだ。
彼女もまた、体力も、自然素も、すべて使い果たしているはずである。
しかしここにきて、彼女はその闘志の炎を、最大限に燃えたぎらせていた。
――アタシのちからは、大切な誰かを護るためのちからだ――
「そんなそよ風じゃ、アタシのなかに灯された炎は吹きけされやしねェんだよ……!」
雷の龍騎士でありながらにして、誰よりも熱く燃えたぎる魂。
そのさまを形容して、シュバイツァーは彼女に『雷焔』のふたつ名を授けた。
なんと凄まじく、崇高な精神。
……いや、いくらなんでも精神力の強さだけでシュバイツァーの『大地の咆哮』を耐えしのげるはずがない。
彼女は身を守るためにぶつけつづけたのだ。
大地と風の自然素の奔流に、自身の雷の自然素を!
『大地の咆哮』に耐えうるだけの出力を証明してみせたシュフェルに、シュバイツァーは驚きを隠すことができなかった。
――こいつまさか、オラウゼクスを越えるほどの素質のもち主だというのか……!?
シュバイツァーはあらためて、シュフェルに秘められた素質と、底知れぬちからの大きさを思い知ることとなる。
彼女が秘める龍騎士としての素質は、およそ人間がもちうるなかで最上級のものであっただろう。
……それもそのはずである。
常に姉の庇護があったとはいえ。
十代の半ばにも過ぎない少女が、神剣をもたずして神剣の使い手たちとまともに渡りあってきたのだから!
「……はっ! チビのくせして、大したもんだ」
シュバイツァーは危機感を通りこして、いっそ清々しい気分をさえ味わうこととなる。
それは目の前の相手へと向ける、素直な尊敬の念。
ついに剣を交えることのかなわなかった、かつての戦友の姿を彼女に重ねた。
シュバイツァーの視線の先では、ヴァリクラッドの黒き刀身の内部を、まばゆいほどの雷電が行き交っていた。
――フッ、オラウゼクスよ。
お前とは一度、まともに戦ってみたいと思ってたもんだ。
だが今こうして、お前が残した剣と真正面から向きあうことになるとはな。
まるで、ほんとうに生きているお前と戦っているような気分になるぜ。
……そして、この勝負に俺は勝つ。
それが、俺とお前との戦いの決着だ!!
「うおおおおおおっ!!」
シュバイツァーは雄叫びをあげ、闘気を練りあげていく!
彼の闘気がみなぎるのとともに、数多の『輝石』が生みだされた。
そしてその色とりどりの輝石は彼自身のからだへと集まり、組みあわさって、ひとつの鎧を形成していく。
――無限の空が広がるこの世界。
古来より人々は夜空に浮かぶという大地の塊、『星』へと思いを馳せた――
大地を吹く風、大地を流れる水、大地から噴きだす炎。
あらゆる自然素を含む輝石が集まるさまはあたかも、ひとつの『星』がかたちづくられていくかのような輝きを放っていた!
その輝きは彼が人の身でありながらにして、神の領域へ足を踏みいれようとしていることの証でもあったのだ。
「これが正真正銘、俺の最後のちからだ……!」
『星煌輝鎧 天地創装』!!
……シュバイツァーが、命の最後の一滴まで注ぎこんで発動した龍の御技。
たとえこの戦いに勝利したとしても、彼はちからつき、この世を去ることだろう。
だが、それでも構わなかった。
かつての戦友と、目前の最強の敵との決着をつけるため。
そして、忠誠を誓った皇帝に勝利を捧げるため。
彼はその一撃に、自身の命を賭す覚悟を決めたのだ!
「これで決着だ!! 『雷焔』シュフェルっ!!!」
シュバイツァーが剣を振りかざし、シュフェルのもとへと突撃していく!
数多の輝石の輝きをまとって繰りだされた一撃。
『星』ひとつを形成するほどの量の自然素が込められており、剣を振りおろされた者には『大地の咆哮』をも超えるほどの破壊をもたらす。
どう考えても、シュフェルにその一撃をうち破ることは不可能だった。
……いや、神々のちからを持つ者たちを除いて、誰ひとりとしてその一撃を受けとめることができる者はいなかっただろう。
だが、シュフェルもまた、今までの彼女ではなかった。
『大地の咆哮』を耐えぬき、彼女はヴァリクラッドとの調和に到達していたのだ。
真の、完全なる調和へと。
シュフェルは、自身がにぎる剣へと語りかけた。
「わかってる。
アタシは前の持ち主よりつまんねぇって言うんだろ。
でもなァ、アタシが必ず『強さ』のその先を見せてやる!
だから……っ!」
その『共鳴音』は過去の弱き自分を、自分に刃向かう意思をも包みこみ、許すかのように静かで優しげな音。
完全なる調和によってもたらされた神の雷が、彼女の身を包みこんだ!
「オマエのちからのすべてを!
見 せ て み ろ おおおおおォッ!!!」
……それはあまりの極電圧のため、周囲の原子の崩壊をもたらした。
原子の崩壊は莫大なエネルギーを放出し、さらなる原子の崩壊と創造をもたらす。
崩壊と創造は爆発的に連鎖を繰りかえし、仇なす者に究極ともいえる破壊をもたらした。
その営みはまさしく、神の所行。
『 雷剣 神雷 』!!
「はあああああぁッ!!」
「おおおおおおぉっ!!」
ふたつの究極のちからが、真正面からぶつかりあった!!
神々の戦いと見紛うほどの衝撃が波動となって伝わり、空の果てまで揺るがす。
その戦いは一見して、まったくの五分であるかのように思われた。
……しかし、シュバイツァーの輝石の鎧は少しずつ崩れ、神の雷に押し負けていく。
人の身でありながらにして、神の領域へと足を踏みいれていたシュバイツァー。
彼の技は、それほどまでに完璧であった。
しかしそんな彼でも、揃えることができないものがあった。
彼が唯一扱うことのできなかった、『雷』の自然素。
『雷』の自然素はそれほどまでに奔放で、剛直であった――。
「おらああああァッ!!」
そうして、シュフェルはヴァリクラッドを最後まで振りぬいた!
『晶龍』の結晶のからだが、崩れていく。
シュバイツァーの身を包む輝石の鎧も、剥がれ落ちていく。
すべてをうち砕かれ、シュバイツァーは地へと落ちていった。
――完敗だ。
俺はすべてのちからをだし尽くし、そして負けたんだ。
シュバイツァーは自身の敗北を認め、受けいれていた。
わずかたりとも手を抜いた覚えはなく、一片の悔いも残ってはいない。
ただひとつ、最後に心に残るのは、果たせなかった主君への忠誠のみ。
――申しわけございませぬ、皇帝陛下……!
来世こそは使命を果たすことを心に誓いながら。
強さを求め、帝国皇帝に忠誠を尽くした男の魂が、空へと還っていった。
シュフェルとクラムはすべてのちからをだしきり、とうに限界を超えていた。
彼女たちは地へと降りたつと、ともにその場に倒れふせる。
意識が遠のき、気を失う間際、シュフェルの頬をひと筋の涙が伝った。
「勝ったよ、姉サマ……ガレル……」
シュフェル 対 シュバイツァー、ついに決着です!
※星煌輝鎧 天地創装 (せいこうきがい てんちそうそう)
※『大地の咆哮』の威力はオラウゼクスの『裁きの雷槌』をも上まわります。
ただし消耗が激しく、『裁きの雷槌』のように何発も放つことはできません。
オラウゼクスと雷龍は回避能力も非常に優れていました。
ふたりが対決していたとしたら、この『大地の咆哮』を当てられるかどうかが非常に大きなポイントとなったことでしょう。
また、大地のない空中戦ではシュバイツァーは圧倒的に不利になります。
その一方で、皇帝のために戦うこととなったとき、シュバイツァーの戦意は格段に高まり、実力以上のちからを発揮することが予想されます。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




