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第295話 神々の姿

 渾身(こんしん)の龍の御技を繰りだし、オルタロヴォスの首を斬りおとしたレゼル。


『はぁっ、はぁっ、はぁっ……!』


 すべてのちからをだしきって、彼女は疲れはてていた。


 ……だが、オルタロヴォスを倒したことでデスアシュテルは翼を失い、彼自身にも大打撃を与えた。

 致命傷を与えていたとしても不思議ではないはずだ。


 デスアシュテルはオルタロヴォスの遺骸(いがい)とともに地へと落ちていった。

 どうかこのまま決着がついているようにと、レゼルは切に願った。

 だが、しかし……!


『これで終わると思っていたのか?』

『なっ……!』


邪夜(じゃや)神託(しんたく)』の能力を秘める声があたりに響きわたり、心をかき乱される。

 レゼルの目の前には、信じられぬ光景が広がっていた。


 デスアシュテルは落ちてなどいなかった。

 オルタロヴォスの遺骸を捨て、彼は宙に浮いていたのだ。


 レゼルの背中から、『光の翼』が生えいでているように。

 デスアシュテルの背中からは『闇の翼』が生えいでていた。


 世界をあまねく照らしだす『創世の光』に対し、世界を闇で覆いつくす『滅世(めつせ)の闇』を宿す翼。この世のすべての闇を()べる翼である。


『愚か。あまりにも愚かだ。

 本気で余に勝てるとでも思っていたというのか……』


 それまでをはるかに上回る存在感と威圧感に、レゼルは押しつぶされそうになる。

 さらに驚くべきは、龍がいなくとも『共鳴』状態を維持していること。


 ……だが、この事態をレゼルはうすうす予測していた。


『自然素の流れからそうではないかと思っていましたが……。

 デスアシュテル、あなたは龍ではなく、『神剣』と共鳴していますね。

 そしてその『神剣』の核となっているのは、()()()()


 オルタロヴォスはたしかに生きた龍として攻撃力・機動力ともに最強の存在であった。

 デスアシュテルが放つ強大な闇のちからに耐えられる龍も、オルタロヴォスだけであったことだろう。


 だが、デスアシュテルとオルタロヴォスとのあいだに自然素のやり取りを行っている形跡は見られなかったのだ。

 代わりに自然素のやり取りを行っているのは、彼がにぎる『闇の両刃剣』レヴァスキュリテとのあいだでのみ。


 そしてデスアシュテルが放つ強大な闇の波動に隠されているが、レヴァスキュリテからはかすかに()()()()()()()()()()()()()

 つまりは剣をもつデスアシュテルが『龍』としての役目を、剣であるレヴァスキュリテが『人』としての役目を果たして、『共鳴』が成されていたのである。


『デスアシュテル。

 そのレヴァスキュリテとは、いったい……』

『ふん、貴様がこの剣の起源について知る必要などない。

 余のこの姿を見て、生きて帰られる者などいないのだからな』

『しかしなぜ、人に姿を偽ってまでして、そのような戦いかたを……』

()()姿()()()()()、だと……?』


 レゼルは心に湧きでた疑問を口にしただけである。


 だがそこで、デスアシュテルはいまだかつて見せたことがないほどの激しい怒りをはらませることとなる。

 彼は自身の顔に手を当て、激昂(げっこう)した。


『これが()()()()姿()だ……!

 貴様、偉大なるこの神の姿を、愚弄(ぐろう)するつもりか……!?』




 ……大気に吹きわたる柔らかな風、土壌(どじょう)からわく金色の(みつ)。かつて、創世の神々が住んだとされる『天上界』。


 百を超える龍神たちのなかでも、各自然素を司る龍神たちはとりわけ強大なちからを持っていた。

 そしてそのちからに見合うだけの、神々しき龍の姿も。


 空を見あげれば、優美にはためく四本の巨大な翼。

 時には荒々しく、時には優しく包みこむように。(みどり)の翼が羽ばたくたびに、無限の青き空をどこまでも風が吹きわたったという。


 もっとも優美で大きな翼を持つとされる龍。

『風』の龍神、リーゼリオン!!



 燃えさかる灼熱(しゃくねつ)を宿した肉体。その熱さは時に山を溶かし、命を焼きつくす。

 だがそれは、新たなる大地と生命の誕生の始まりでもあるのだ。


 もっとも熱き肉体を持つとされる龍。

『炎』の龍神、ブレンガルド!!



 氷細工のように繊細(せんさい)で、美しき造形。

 しかしその肉体には、あらゆる物体を凍りつかせるほどの冷気を秘めている。

 水の循環が肥沃(ひよく)な大地をもたらす一方で、厳しい冬は生命に試練を与えた。


 もっとも繊細で美しき造形の龍。

『水氷』の龍神、エインスレーゲン!!



 稲光(いなびかり)とともに、目前のあらゆるものをうち砕く。

 黒雲をまとい、雷電をほとばしらせるさまはまさしく天災そのもの。

 その姿は見る者すべてを恐れさせた。 


 もっとも猛々(たけだけ)しき龍。

『雷』の龍神、ヴァリクラッド!!



 体表を岩と鉱石で覆われた巨体。

 そのからだはあまりに重く、一歩踏みだすたびに大地を揺るがした。

 地響きをあげて歩くそのさまは、妹龍のエインスレーゲンとは似ても似つかぬ。 


 もっとも重厚で、(かた)き龍。

『大地』の龍神、エツァイトバウデン!!



 すべての始まりにして、万物の始祖(しそ)

 全盛期の()の神の輝きは、生身の人間が直視すれば視力を失ってしまうほど。

 それはすべてを明るく照らす創世の光であるのと同時に、容赦なく悪に裁きを与える正義の光でもあった。


 もっともまばゆき龍。

『光』の龍神、ゼトレルミエル!



そして神々のなかでもっとも若くありながらにして、もっとも強大なちからをもった龍神。

『闇』の龍神、デスアシュテル。


 圧倒的な破滅のちから。

 すべてを無へと帰す闇の特質は、龍神たちからも恐れられていた。

 だが、最強の龍神である彼が持って生まれてきたのは、人の姿であった――。


 ――なぜだ?

 なぜ偉大なるちからをもつこの私だけが、人間と同じ姿なのだ!?

 神のつくりものにすぎぬ、人間と!!


 ……かつて光の龍神は、光に満ちた世界を造りあげた。

 だが、人の文明が発達し、世界が成熟していくにつれ、この世には影と闇も増えていった。


 それは、光の龍神の体内にも闇が(たくわ)えられていくのと同義。

 光の龍神がそうした自身のなかに溜まる闇を吐きだすことによって、闇の龍神は生みだされた。


 光の龍神の分身にして、影絵にも等しき存在。

 しかしそうして生まれた闇の龍神は、龍の姿ではなく人の姿をしていたのであった。


 龍神たちのなかには、気まぐれに人の姿に化けて、人間界に働きかける者たちがいた。

 だが、元の姿が人間と同じであるのとは、厳然(げんぜん)たる違いがある。


 人は龍から分化したものであるが、神々からすれば、やはり人間は自分たちの創作物なのだ。

 その創作物と同じ姿であるということは、神としての品位を欠く外見であるように感じられたのである。


 デスアシュテルはこの世に生まれついた瞬間から自身の容貌(ようぼう)を呪い、世界を憎んだ。

 しかしこの怒りと不満は、千年にもおよぶ龍神たちの争いの、ほんのきっかけにすぎないのであった――。




 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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