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第293話 災厄の夜


 前回の場面の続きです。


 こちらは戦場の右翼(うよく)


 ヴィレオラもまた、地へと()ちていた。

 彼女は地べたに座りこみ、ばらばらとなった屍龍(しりゅう)の骨をただ呆然と見つめていた。


 ……冥府の住人である屍龍は、肉体が崩壊してもその魂が消滅したわけではない。

 屍龍と『共鳴』すること自体は、可能である。


 だが、屍龍が半身を失ったことにより、練りあげられる瘴気(しょうき)の量は格段に減ってしまっていた。

 足と翼が失われたことにより、その場から屍龍に乗って移動することもできない。

 ちからの源泉(げんせん)たる冥府の瘴気がうすまっていた彼女は、さらなる弱体化を余儀(よぎ)なくされていたのである。


「今だ! この好機を、決して逃すな!!」

「覚悟しなさい、『冥門(めいもん)』ヴィレオラ!」

「ボクたちの、勝ちだっ!!」


 勝機を逃すまいと、アレスたちが(たた)みかけていく。


 今のヴィレオラには、彼らの攻撃を防ぐだけのちからすら残されてはいない。

 彼女が死を覚悟した、そのときであった。


「……!? これはっ……!?」


 ヴィレオラは自身に働きかけてくるものの存在を感じとる。 


 それは、軽装鎧(けいそうよろい)の胸当ての内側。

 彼女の胸元で、とてつもないほどのちからの波動が放出されていた。


 彼女が身につけていた『冥邪(めいじゃ)のアメジスト』が、強く輝きだしていたのだ!


 つくり主であるシュバイツァーの闘気に呼応し、輝石(ライシュタル)が秘めるちからが励起(れいき)された。

 そのまばゆくも幽玄(ゆうげん)なる紫の光を見つめ、彼女は自身の原点を思いだす。




 ヴィレオラは、シャティユモンの墓守(はかもり)の一族の出身である。

 上空に浮かぶ帝国の墓地としての役割をもつシャティユモンにおいて、墓守の一族は上級貴族に匹敵する地位と権限をもつ。

 つまり、ヴィレオラはかなり高貴な身分の生まれなのだ。


 彼女は墓守の長の娘であり、その跡をつぐはずであった。

 次代の墓守の長として、恵まれた人生を送ることが約束されていたのである。

 ……だが、ヴィレオラはある()()()()をもっていた。


 彼女がまだ年端(としは)もいかぬ少女で、言葉もあやふやだったころのこと。

 夜更けに話し声がするのを不審に思った父親が、彼女の寝室を(のぞ)きこんだ。


「…………」

「ヴィレオラ、いったい誰と話してるんだい……?」

呪呪滅(#$%#&')死滅(*?+%$)……』

「!!?」


 父親が覗きこんだとき、ヴィレオラはなにもない暗がりへと話しかけていた。

 しかもそれと知ることなく、死者の言葉を操りながら……。


 ヴィレオラは幼少のころより、死者の声を聞き、死者と交信できる特異体質をもっていたのだ。


 墓守の一族は、常に死者の世界のそばにいる。

 だからこそ、『死』とは厳然(げんぜん)たる距離を保っておかなければならず、死者と交流を深めてなどはいけないのだ。


 このまま死者との交流を続けていれば、一族ごと真の闇に引きずりこまれてしまう可能性がある。

 父親は、ヴィレオラの死者と交信する能力が自然に(おとろ)えることを願った。


 しかし父の願いむなしく、ヴィレオラの能力は強まる一方であった。

 彼女を取りまく闇は、いっそう深まっていく。


 そしてヴィレオラが十四歳になった夜、父親はついに一族の長老たちをひき連れ、彼女の殺害を図った。


 死者のささやきによって、いち早く危機を察知したヴィレオラ。

 彼女はただちに村を逃げだしたが、周囲を断崖に囲まれて追い詰められてしまった。


 目を血走らせ、ナイフを向けてにじみ寄る父へと、彼女は問いかけた。 


「父上! いったい、どうして……!?」

「ヴィレオラよ、お前が悪いのだ。

 お前などという存在が、生まれてきてしまったから……!」


 父親の目に宿る怨念(おんねん)は凄まじく、彼はまるで、生きたまま悪霊と化してしまったかのようであった。


 ヴィレオラが絶望にうちひしがれた、そのとき。

 断崖の上から、彼女たちを見おろす者がいた。


『かすかな瘴気の気配をたどってきてみれば、その出本(でもと)斯様(かよう)な少女とは……』


 そこにいたのは、帝国皇帝デスアシュテル!


 彼は、使い手が見つからずにもてあましていた『冥府の刺突剣(しとつけん)』フェルノネイフの適合者を探していたのだ。

 デスアシュテルの背後には、臣下になったばかりのシュバイツァーも控えている。


 デスアシュテルはおもむろにフェルノネイフを振りかぶると、ヴィレオラの傍らへと剣を投げつけた!


「!!?」


 フェルノネイフが地に突き刺されるのと同時に、瘴気の波動が放たれる!


 父親と長老たちは吹きとばされて尻餅(しりもち)をついてしまったが、ヴィレオラは平然としている。

 彼女がフェルノネイフの適合者であるという、なによりもの証左(しょうさ)である。


 デスアシュテルは崖の下で立ちつくす彼女へと語りかけた。


『死者に魅入られし少女よ。

 貴様には常に死の影がまとわりついている。

 そこの心弱き男は瘴気にあてられ、気が狂ってしまったのだ』

「父が、わたしのせいで……!?」


 デスアシュテルはうなずいた。


『そこにいる男はすでに、お前の父親ではない。

 そして貴様が貴様である限り、ともに生きる人間は皆狂い、()ちていくことだろう』

「そんな……」

『だが、安心しろ』


 デスアシュテルは彼女へと、手を差しのべた。


『余は帝国皇帝デスアシュテル。

 死をも従える絶対なる者だ。

 その剣で父であった者たちを殺し、余についてこい!

 さすれば永遠の安寧(あんねい)を約束してやる』


 ヴィレオラは皇帝の言葉を聞きながら、これまでの自分の人生を振りかえっていた。


 ……常に父から、一族から、疑惑と恐怖のまなざしを向けられてきた。

 そして、わかっていた。

 いつかその恐怖に耐えかね、彼らが自分の命を奪おうとするのだということも。


 そんな日々にはもう、戻らなくていいのだ。

 彼女は迷わず、地に突き刺さっていたフェルノネイフを抜きとった!


「はああああぁっ!!」


 ヴィレオラが冥界の瘴気に身を任せるとともに『冥門』がひらき、数多(あまた)の呪霊と『屍龍』を呼びだした!


 呪霊たちは彼女の父親を、長老たちを、墓守の一族の者たちを、ひとり残らず呪殺していったのであった!


 呪霊たちにとり憑かれ、ある者は即死した。

 またある者は苦しみながら(もだ)え死に、またある者は狂気にとらわれて、村人どうしで殺し合いをはじめた。


 シャティユモンにまことしやかに伝わっていた、『災厄(さいやく)の夜』の出来事である。

 そのあまりに禍々(まがまが)しい光景を、崖の上からデスアシュテルとシュバイツァーは眺めていた。


「初めての『共鳴』でこれほどの瘴気を操るとは……。恐ろしい龍騎士になりそうですな」

『フッ、見込み以上だな』


 こうして、ヴィレオラは皇帝を慕い、つき従うようになる。

 十四歳にして剣を手にとった彼女だが、神剣の加護を得て、シュバイツァーの熱心な指導もあり、みるみるうちに剣の才を開花させることとなる。

 こうして彼女は、またたく間に『五帝将』の座へとのぼり詰めていったのであった――。




※伏線というほどの裏設定ではないのですが、実はヴィレオラには年の離れた妹がいます。


 姉妹は互いに、相手が生きていたのだということを知りません。


「てやんでぇ! テキトーに読みすすめてたから誰のことだかさっぱりわからねぇぜ!」という江戸っ子気質の方は、第四部の181話あたりを読むと手がかりをつかめるかもしれません。



 今回の場面は次回に続きます。


 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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