第292話 強く美しき存在
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戦場の左翼。
シュフェルの渾身の一撃を受け、シュバイツァーと晶龍は地へと墜ちていた。
世界の終焉かと見紛うほどに激しい戦いを見せていたシュフェルとシュバイツァー。
しかし一転、戦場は静寂に包まれる。
遠巻きに戦いの成り行きを見守っていた両軍の兵士たちが、ざわつきはじめていた。
「そんな、バカな……!」
「あのシュバイツァー様が、敗れたというのか……!?」
誰も予想だにしていなかった展開に、動揺を隠せない帝国軍兵士たち。
対して、連合国軍側の兵士たちはにわかに活気づいていた。
「シュフェル様が、ついにやったぞ!」
「帝国軍最高戦力、シュバイツァーを討ちとったのだ!!」
戦場にいた誰しもが、シュフェルの勝利を確信したとき。
シュバイツァーは地にひれ伏していた。
背中の傷からは滔々と血があふれつづけている。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ……!」
無様に地にひれ伏しながら。
シュバイツァーは、自身の過去を振りかえっていた。
そうして彼は見つめなおしていたのだ。
自身の、戦う動機を。
――俺もオラウゼクスとさして変わりやしない。奴と同じ人種だ。
戦いの日々のなかで、勝利の喜びに魅了され、ただ強さだけを追い求めてた。
……いや、同じ人種だった。
俺はこの大陸の傭兵のひとりに過ぎなかった。
気まぐれに国をわたり歩いては、戦うだけの日々を過ごしていた。
だが、最強の傭兵ともてはやされ、俺はすでに求めるものを手に入れたと思っていたんだ。
皇帝陛下……デスアシュテル様に会うまでは。
大地の神剣は、俺が自分自身のちからで手に入れたものだ。
国どうしの戦いで、とある小国を滅ぼしたときに、国宝として秘蔵してあったものを戦利品として奪いとった。
すでに龍騎士としての才能に目覚めていた俺はちからを欲しいままにし、ますます戦場で暴れまわった。
デスアシュテル様と戦場で出会い、剣を交えたのは、そのころのことだ。
ただのひと太刀たりとも浴びせることはできなかった。
オラウゼクスが俺たちなどデスアシュテル様から見れば赤子同然だと言っていたが、まさしくそのとおりだった。
……だが、俺がデスアシュテル様に抱いた感情は、オラウゼクスのそれとはまったく異なるものだった。
――美しいと思った。
剣を交えながら、これ程強く、美しい存在がいるのかと。
その場でデスアシュテル様は自身が闇の龍神であることを明かしてくれた。
俺はただちに闇の龍神の信徒となった。
そして敗北し、ひざまずいた俺に、デスアシュテル様は声をかけてくださった。
『空が多きを占めるこの世界において、大地のちからは決して最強のちからたりえぬ。
だが、お前なら限りなく最強に近い存在にまでのぼり詰められるだろう。
……お前は余の右腕となれ』
その言葉に、俺は震えあがった。
喜びでこの身を流れる血が、全部噴きだしちまいそうだった。
崇拝を誓った神に認められ、その片腕たりえることが、どれほど幸福なことか。
俺のほんとうの人生は、そこから始まったんだ。闇の龍神に仕えること、それこそが俺のすべて……!
俺が真の意味で血のにじむような努力を積むようになったのも、デスアシュテル様に出会ってからだ。
この、空が埋めつくす世界において、大地の自然素が乏しいことには最初から気づいていた。
自分が弱ぇことに気づいていても、大切な存在のためにあがいて、もがいて……。
――おい、シュバイツァーよ。
てめぇはその戦いの日々をすべて無駄にする気か?
てめぇは今まで、なんのために戦ってきたんだよ……!!
シュフェルとクラムは、シュバイツァーを追いかけて地表付近まで降下してきていた。
シュバイツァーに致命傷を与えることはできていたものの、彼女もすでに全身ぼろぼろで、体力も自然素も消耗しきっていた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……。
やったか……?」
シュフェルは決着がついていることを願った。
……だが、その男は立ちあがる。
背中の傷口を砂が塞ぎ、岩となって蓋をした。
この広大なアリスラ平原の端にまで行きとどくほどの、凄まじい闘気をその身にたぎらせて!
今回の場面は次回に続きます!
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




