第290話 呪詛返し
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戦場の右翼、アレスたちとヴィレオラとの戦い。
アレスたちの戦いぶりから、その狙いを見抜いたヴィレオラ。
彼女もまた、それに対応する戦法を練りはじめていた。
数多の呪霊を撃ちはなちながら、思考をめぐらせる。
――長期戦にもちこむ腹づもりだろうが、こちらとてその気になれば、いくらでも短期決戦にもちこむことができるのだ。
残された冥界のちからが弱まっていることを考えれば、『呪念波衝』や『礫肉呪骸』といった消費の激しい技が使いづらいのはたしか。
とくに『礫肉呪骸』は一度に数千人分もの亡者の血肉と魂を消費するため、使いどころが肝要と考えていた。
使用するなら、勝負を決める一撃としなければならない。
相手のほうが人数が多いので、大技を使用後の隙を突かれないようにする工夫も必要だ。
そう考えたとき、狙う人物はただひとり。
攻守の要であり、高速かつ強力な飛び道具をもっている。
ヴィレオラはその者を討つべく、動きだした。
彼女は惜しみなく呪霊を撃ちだして煙幕とすると、ひそかに『冥門』のなかへと飛びこんだ。
「! ヴィレオラが『冥門』に入ったぞ!!」
いち早くアレスが気づき、皆に警戒を促す。
……これまで、攻めのためにヴィレオラ自身が『冥門』に入ることはあまりなかった。
『邪骨』や『亡者の嘆き』など、優秀な攻撃手段をもつのでわざわざ自身が危険を冒す必要がなかったからだ。
うっかり『冥門』からでたところで、たまたま相手が振った剣が当たってしまうことすらありうるのだ。
しかし、そんな危険を冒してまで彼女が背後にまわりこんだ相手は――。
「! ルナクス殿! 後ろです!!」
「!!」
ヴィレオラがまわりこんだのは、ルナクスの背後だった!
……ヴィレオラが『冥門』に入りこむ利点もある。
彼女自身も移動しているので、どれだけ離れたところでも『冥門』を高速でひらくことができるのだ。
ヴィレオラからじゅうぶんに距離を取っていたはずのルナクスにとっても予想以上の出現速度であり、逆に虚を衝かれることとなってしまった!
ヴィレオラがもつフェルノネイフの刀身に、大量の瘴気が注ぎこまれていく。
そうして彼女は、その瘴気を解きはなった!
「まずは貴様からだ、『月明かりの王子』!!」
『礫肉呪骸』!!
「うああああぁっ!!」
「ルナクス殿ぉっ!」
「ルナクスさんっ!」
フェルノネイフの切っ先から、おびただしい量の亡者の血肉と魂が撃ちはなたれる!
「ぐうううぅっ……!!」
ルナクスは『満月の盾』を構えて必死にこらえる。
『満月の盾』はその大きさ以上の範囲の攻撃も吸収してくれるが、ルナクスのからだを守護するのがやっと。
ルナクスが乗っていた龍は圧倒的な濃度の瘴気に曝されて消滅し、彼自身も『満月の盾』が吸いきれなかった亡者の骨によって傷つけられた。
さらには『満月の盾』に重ねられていた『三日月の刃』までもが、攻撃の圧に耐えかねてへし折られてしまっていた!
「かっ……あっ……!」
『礫肉呪骸』の瘴気の放出が終わる。
ルナクスはなんとか最後まで攻撃を耐えしのいだものの、重症を負い、地へと落ちていく。
ヴィレオラはぬかりなく追撃を加え、ルナクスにとどめを刺そうとした。
しかしそのとき、上空からルナクスを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あなたっ!」
上空で待機していたミカエリスが、ルナクスの危機に気づき、駆けつけてきたのだ。
ヴィレオラはもちろん、上空から迫るミカエリスの存在に気がついていた。
そして彼女は、知っていた。
ミカエリスが秘めている声のちからを……!
――ヴュスターデでの戦いから逃げのびてきた帝国兵たちからの報告によれば、ミカエリスは王家の伝承に残る『絶対服従の声』を発現させているとのことだった。
『絶対服従の声』の特性は
一.効果の発現はひとりの人間に一度だけ
二.声が届く範囲でなければ効果がない
三.死を命じれば、呪いの反動によって自身も死ぬ
……だが、国家の存亡を懸ける今回の戦いで、命を賭して死の呪いをかけてくる可能性はあるだろう。
敵からすれば、これ以上ないほどに恐ろしい能力。
また、ヴュスターデでの戦いでは遠く離れた女王レゼルにまで効果が波及したという報告もある。
もし能力がさらに成長していたとしたら、この戦場にいる多数の帝国兵を道連れにする可能性すらあるのだ。
すぐ目の前にいるルナクスや部隊長たちよりも、よほど厄介な存在とも言えるかもしれない。
……しかし実際のところ、ヴィレオラは死の呪いをかけられたとしても、それに対応できる自信があった。
他者に負の影響を強いる命令であればあるほど、言葉は『呪詛』としての性質を帯びる。
亡者の言葉を解し、話すこともできる彼女ならば、『死の呪い』をかけられても瞬時に解析し、跳ねかえすこと――すなわち『呪詛返し』すらやってのけられる可能性が高い。
死や呪いはむしろ、彼女が得意とする領分なのである。
――来るなら来い、『陽光の歌姫』よ。
本物の死の世界というものを見せてやる……!
ヴィレオラが上空から迫るミカエリスに気を取られた、ほんのわずかな瞬間。
大技を放った直後の隙を狙って、すでに攻撃を仕掛けていた者がいた!
『六重奏』!!
サキナが、ヴィレオラめがけて矢を放っていたのだ!
……しかし、その完璧と言ってもよい攻撃ですら、ヴィレオラの不意を突くことはできなかった。
彼女の反応速度はサキナの予想をはるかに上回っていたのだ。
ヴィレオラは横目でサキナが放った矢を捉えながら、次の狙いを定めていた。
――もうひとり、飛び道具を持ち、攻守ともに要所要所で味方を支えている人物がいる。
奴を処分すれば、連携は分断され、こいつらの戦法は破綻する!
『冥門・開』!!
ヴィレオラは『冥門』に入りこみ、サキナが放った六本の矢をすべてかわした。
そして次に彼女が現れたのは――。
「死ぬのはお前のほうだよ、翼竜騎士団部隊長サキナ!」
「! しまっ……!」
矢を放ったあと、『残心』の所作中にあったサキナの背後であった!
サキナは反応が遅れたうえ、彼女にはルナクスのような自身の身を守る手段がない!
「サキナ殿ぉーっ!!」
「サキナさんっ!!」
アレスとティランの、悲痛な叫び声があたりに響いていた。
……その、少し前のとき。
ミカエリスは上空から降下しながら、ある葛藤に苛まれていた。
彼女には、この戦争を終結に導くだけのちからがあったかもしれないからだ。
――もしかしたら、私がこの『声』で帝国兵を服従させれば、もう誰も血を流さずに済ませられるのかもしれない。
でも、それでは武力で諸国を支配する帝国となにも変わりはしない。
人心を操ってつくられる平和など、虚構にすぎないのだから。
そして、いざとなれば自らの命を捨ててでも、敵に死を命じなければならなくなることも覚悟していた。
……だが、愛する人からはこう言われていた。
「君はこの戦いで、誰かに死を命じなければならない瞬間が来るかもしれない。
でも僕は、君とともに平和を勝ちとり、ともに新しい世界を生きていきたい。
だからどうか、そのような手段は選ばないでほしい。
……僕が必ず、君を守りぬくから」
――私もこの人と、ともに生きていきたい。
新しい時代を、ともに歩んでいきたい。
だから今! 私はこの『声』を使う!!
ミカエリスは声を限りにして叫び、唯一無二の声帯を震わせる。
その声は激しく揺れる戦場の空気を響きわたり、ヴィレオラの脳を貫いた!
「ヴィレオラよ! その冥門を
『 閉 じ な さ い 』!!」
「!!?」
強制命令、発動。
それは、『呪詛』と呼ぶにはあまりに弱い。
なにせヴィレオラは、ひらいていた『冥門』を閉じただけなのだから。
『呪詛』としての性質が弱ければ、ヴィレオラの『呪詛返し』も成立することはない。
しかし『冥門』をくぐろうとしていた屍龍は閉じた門により、その身を断ちきられた!
「グワァウッ!!」
屍龍は腰から下半分と、両翼の大部分を失っていた。
『冥門』の向こう側では屍龍の肉体――骨格が、冥界の地の底へと落ちていく。
そして『冥門』のこちら側――現世でも、屍龍の残骸がばらばらの骨となって落下した。
――『冥門』を閉じさせることによって、屍龍のからだを断絶させただと……!?
屍龍にまたがっていたヴィレオラもまた、散らばる骨とともに地へと落ちていった――。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




