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第289話 雷の本質

 戦場の左翼(さよく)

 シュフェルはシュバイツァーの『重力』の操作を封じたのちも、ひたすら猛攻を仕掛けていた。


 まるで、目の前の壁を乗りこえられない自分自身にいらだちをぶつけているかのように。

 ただひたすらに、彼女が放つ雷電が荒れくるっていた。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ!

 おらああァッ!!」


 ……しかし、それでもシュバイツァーの守りは揺るがない。

 シュフェルの熾烈(しれつ)な攻撃を、シュバイツァーはすべて見事に防ぎきっていたのだ。


「くそ……! 崩れねェッ……!!」


 あまりにも硬い壁。

 夜空に浮かぶ星々は巨大な大地の(かたまり)であるという話だが、まるで星の地盤(じばん)そのものにぶつかっているかのようだ。


 そしてシュバイツァー自身もまた、シュフェルの動きを捉え、観察していた。

 揺るがぬ大地のように、冷静に。


 ――自分自身を破滅に追いやってるみてぇにめちゃくちゃな動きだ。

 放っといてももうじき、ちから尽きる。


 交える剣を介して、シュフェルの限界が近づいていることを悟るシュバイツァー。

 だが同時に、彼はシュフェルのなかで起こっている()()にも気がついていた。


 ――こいつ、この戦いのなかでもどんどんヴァリクラッドを使いせるようになってやがる……!


 シュフェルはただ闇雲(やみくも)に戦っているわけではない。

 シュバイツァーの守りを崩そうと必死に攻撃を仕掛けているうちに、凄まじい速度で成長しているのだ!

 そしてヴァリクラッドは、そんな彼女のことを認めつつある。


 その劇的な変化を目の当たりにし、シュバイツァーは自身の予感が確信へと変わっていくのを感じていた。

 先の夜襲のときに覚えた、危機感ともいえる本能の警告。


 ――やはりこいつは生かしておくわけにはいかねぇ、必ずこの場でとどめを刺す。

 そして成長による戦闘力の上昇と、疲労による戦闘力の低下との兼ねあいを考えたとき、今が一番の()(ごろ)

 この戦いに、決着をつける!


 ……しかし、シュバイツァーがそこまで考えたところで、シュフェルは不可解な動きを見せるようになる。

 先ほどからあっちに行ったり、こっちに行ったり、あらぬ方向めがけて飛びまわっているのだ。


 シュバイツァーのすぐ脇を(かす)めてはいくのだが、決してぶつかってはこない。

 シュフェルが近づいてくるたびにいちいち砂の自動防御が反応して、目障(めざわ)りだ。


 なにかを導いているかのようにも見えるのだが、自暴自棄になり、やけくそになっているとしか思えない。

 真剣勝負を放棄したかのような振るまいを見せるシュフェルに、シュバイツァーは煮えたぎるような怒りを覚えた。


 ――この土壇場(どたんば)でナメた真似しやがって。

 俺を小馬鹿にしようってのか……!


「さっきからなにふざけてやがるんだ?

 真面目にやる気がねぇってんなら、とっとと消えろや!!」


 シュバイツァーと晶龍(しょうりゅう)は身をしならせて、シュフェルへと接近していった。

 砂と金剛石(ダイヤモンド)をまぜた防御壁で彼女の攻撃を受けとめたのち、反撃の一撃で勝負を決するつもりである!


 そんなシュバイツァーに対し、シュフェルは一心不乱に挑みかかっていく。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」


 ――もう少し。

 あともう少しなんだ……!


 シュフェルはなけなしのちからを振りしぼって、シュバイツァーへと突撃していった!


雷剣(エクレスペル)』!!


 しかし、この渾身(こんしん)の一撃ですらシュバイツァーの砂と金剛石の防御壁はなんなく受けとめてしまう。

 シュバイツァーは反撃しようと、エツァイトバウデンを振りあげた!


「これで終わりだ、翼竜騎士団シュフェル!!」


 ……だが、剣を振りあげたシュバイツァーに、異変が起こる。

 彼の背中に、激痛が走ったからだ!


「ごふっ……!」


 突如として、吐血(とけつ)するシュバイツァー。

 彼は胸をそらし、肩ごしに自身の背中を見おろした。


 そこに見えたのは、()()()


 (とげ)といっても、長剣ほどの長さと太さがある。

 彼と晶龍を全周性に覆うように展開していた砂の防御壁から黒い棘が伸びだし、彼の背中を突き刺していたのだ! 


「なんだとっ……!?」


 砂の防御壁から伸びだした、黒い棘。


 それは砂鉄(さてつ)の塊。

 見えない電磁場(でんじば)の操作により、剣と化した。


 完全なる大地である帝国の国土は、鋼質成分をも多分に含んでいたのだ。

 シュバイツァーは自身を貫いたものの正体に気づき、信じられぬ思いであった。

 

 ――馬鹿な……。

『磁力』の操作は、オラウゼクスにしかできない技だったはずだぞ!

 なぜこいつが……!?


 電気の流れが、『磁力(じりょく)』を導く。


 シュフェルはそのことを、オラウゼクスとの戦いのなかから自然に学びとっていた。

 そして、彼女は待っていたのだ。

 自分がオラウゼクス並みに電気の流れを操作できるようになるまで、ヴァリクラッドの操作に習熟(しゅうじゅく)することを!


 ……かつてオラウゼクスは、シュフェルにこう言っていた。


「お前はまだ本質をわかっていない。

 ()()()()()()()()()


「もっと自然の声を聞け。理解しろ。

 雷のちからを使いこなせば、こんなことも可能になるのだぞ」


『雷の自然素』の強みはその激しさでも、破壊力の強さでもない。

 電気力となり、磁力となり、かたちを変えてほかのあらゆる物体に作用を及ぼすことができる。


『働きかける』こと。

 そのことこそが、『雷の自然素』の強みなのであった。


 シュバイツァーと晶龍を覆い隠す砂の防御壁がわずかに緩んだことに、シュフェルは気がつく。

 そして彼女はありったけの雷電を刀身に注ぎこみ、ヴァリクラッドを振りあげた!


「アタシをナメてたのはてめぇのほうだ!

 シュバイツァーッ!!!」


 高純度の雷電でありながらにして、彼女の燃えさかる闘志を具現化したかのような一撃。

 そのあまりにも見事な一撃は、彼女が新たなる高みへと到達したことを示す一撃でもあった!


雷焔(エクフォ・テ)烈華(ィアフェーレ)』!!


 シュフェルの渾身の一撃が、砂と金剛石の防御壁をぶち破る!!


 シュバイツァーと晶龍は、崩れる砂とともに地へと落ちていく。

 崩れる砂を見つめ、地へと向かって落ちていきながら、シュバイツァーは自身の今の状況を見つめなおしていた。


 ――この俺の防御壁が、二度もうち破られただと……!?


 シュバイツァーが砂鉄の黒い棘によって受けた傷は深く、致命傷といってもよいものであった。

 敗北を覚悟したことなど、いったいいつぶりであろうか。


 ……そう、敗北を覚悟したのは()()()()以来だ。最初にして、最後になるはずだった敗北の瞬間。


 シュバイツァーの脳裏(のうり)に、過去の記憶が蘇る――。




 次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!

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