第288話 澪の天啓
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『闇の帳』のなかで、レゼルは帝国皇帝デスアシュテルと壮絶な戦いを繰りひろげていた。
傍らで彼女たちの戦いを見守るように浮かぶ『天翼の浮遊城』。
『静けさの闇』で戦いの衝撃は吸収されているはずだが、ふたりの剣が交わるたびに浮遊城は揺さぶられ、きしんでいる。
……かつて百を越える龍神たちを倒したデスアシュテル。
いくら光の龍神のちからを得たとはいえ、その戦いは一方的なものになるかと思われた。
だが――。
『はあああっ!!』
レゼルはデスアシュテルに、食らいついていた!
たしかにいっさいの余裕はないぎりぎりの戦いではあったが、それでも彼女は闇の龍神に食らいついていたのだ。
『黒刃』!!
闇の速度は、光が去りゆく速さ。
すなわち、光の速度に等しい。
デスアシュテルはその一撃一撃が世界を二分にできるほどの破壊力をもつ『黒刃』である。
その太刀筋の軌道線上にあるものは、すべて断ちきられてしまう。
さらに――。
『涅槃の黒橡』!!
デスアシュテルは空間に自由自在に『虚無の穴』を穿つことができる。
『虚無の穴』で切りとられた肉体と魂は完全に消滅し、生の輪廻からはずれることとなる。
その『虚無の穴』に穿たれてしまえば、いくら光の神の加護を受けたレゼルでも肉体の破損を避けることはできない。
『虚無の穴』が穿たれる位置と時機を予測することも不可能である。
……今までのレゼルであれば!
『澪の天啓』
レゼルが身につけた神性のひとつ。
今の彼女には、未来が見えている。
それはまばたきにも満たぬほど瞬間の先の未来。だが、確実な未来予測である。
そしてその短い時間の未来予測で、今のレゼルにはじゅうぶんなのであった。
『ほう。……ならば、これならどうだ?』
『!!』
デスアシュテルが新たに仕掛けたのは、『涅槃の黒橡』の全方位、同時多発での発動。
全方位から同時に『虚無の穴』を穿たれては、いくら未来予測ができようと防ぎようはない。
しかし、レゼルはすでに対策の一手を打っていた!
『銀翼のめぐり星』
衛星のように、レゼルの周囲にはいくつもの光球がめぐっていた。
めぐり星は彼女の身を守る自動防御としての役割を果たしている。
今回も『虚無の穴』が宙に穿たれた瞬間にめぐり星が闇をうち消し、『涅槃の黒橡』の発動を阻止していた!
めぐり星が『虚無の穴』の包囲に隙間をつくり、レゼルはその隙間をかいくぐって、危機から脱出した。
……デスアシュテルは、自身が仕掛けた攻撃にレゼルが冷静に対応していくさまを観察していた。
先日剣を交えたときと、同じ人間だとは思えない。
彼は、レゼルが異常な速度で成長していたことを不可解に思っていたのだ。
――ゼトレルミエルのちからを得て、格段に手札が増えたのは事実。
だが、人間の思考能力の範疇ではとうてい考えられぬほどの判断の速さである。
彼とまともに剣を交えることができているのもそうだ。
光の龍神の加護によって基礎能力があがっていたとしても、数千年生きた龍神と、十年あまり生きただけの人間とでは、そもそもにして戦闘経験が違いすぎる。
技術の面にしても、経験の面にしても、人間である彼女が、闇の龍神の動きに対応できるはずがない。
剣の振りの速度や威力があがっただけでは、彼女の成長はとうてい説明がつかないのだ。
……それもそのはず。
レゼルは光のちからを得ただけではなかったのだから。
彼女には光の龍神が課した試練を乗りこえる過程で、斬られた相手の目に焼きついた自身の剣の太刀筋が刻みこまれていた。
数千年分の人間の記憶と経験を吸収するとともに、図らずも自身の剣を徹底的に見つめなおす機会を得たレゼル。
ひとりの人間の生涯ではとうてい得られぬほどの経験値を得て、その剣の技術はついに神の域へと到達していたのだ!
『私は、私の夢のためにいなくなってしまった人たちのために……』
それは、彼女が背負った因果。
記憶も、経験も、その想いも。
自身が殺めてしまったすべての人々の想いを背負い、彼女は戦う!
『絶対に、負けるわけにはいかないんですっ!!』
『ム……!』
レゼルはすべての人々の想いを籠めて叩きつけるかのように、双剣を振りはらった!
デスアシュテルはその一撃の重さに、いささかの驚きを覚えることとなる。
レゼルは攻撃を防がれてしまったが、構うことなく斬りこんでいく!
前傾姿勢を取り、光の速度で次々と撃ちこまれていく連撃。
彼女の攻撃は、速さと重みを増したばかりではない。
『星子の戯れ』
レゼルが新たに身につけた、もうひとつの神性。
彼女の周囲ではさまざまな色合いの光の屑が戯れるようにまたたき、見るものを幻惑させる。
光自体がまぶしく目をくらませるうえ、光の屈折を利用して、剣の太刀筋を見誤らせているのだ。
闇の龍神であるデスアシュテルがそれによって騙されることはないが、いちいち目障りで気が削がれる……!
さらに、ルクテミシリオンの太刀筋にはたなびく彗星の尾のように星屑の煌めきが残る。
その星屑にデスアシュテルが触れれば身を斬られるが、レゼル自身には影響を及ぼすことはない。
太刀筋が残って切れ味を残すというのは、剣士どうしの戦いにおいて想像以上に厄介である。
太刀筋が残されるほどに、動ける範囲が狭められていくのだから。
デスアシュテルは目の前で煌めく光の粒子をにらみつけながら、歯噛みした。
――たかが人間風情が、小賢しい真似を……!
光と闇の戦いが、続いていく――。
※『澪の天啓』と『星子の戯れ』は御技ではなくレゼルが身につけた神性なので、和名表記です。
※設定が盛り盛りだったので本文中では省略しましたが、レゼルの剣にはほかにも能力が秘められています。
『星霞の剣 (ほしがすみ の つるぎ)』……皇帝の剣の太刀筋が『宵闇の剣』の特殊効果で見えづらいのと同様に。
レゼルの剣も微細な光の粒子に包まれており、太刀筋が見えづらくなっています。
また、皇帝の声には『邪夜の神託』のちからがありますが、今のレゼルの声には『白夜の神託 (びゃくや の しんたく)』のちからがあります。
聞く者みんなに希望の光を与え、心のちからを湧きあがらせる声です。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




