第283話 闇の帳
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ついに『天翼の浮遊城』の頂上で対峙したレゼルと、帝国皇帝デスアシュテル。
世界の命運を決める戦いが今、始まろうとしていた。
だが、その前に。
『今の余と貴様が剣を交えれば、世界は崩壊し、ひいては我が帝国をも消滅させてしまうことだろう。
それは余の望むところではない』
デスアシュテルが両腕を広げると、彼が手に持つ『闇の神剣』レヴァスキュリテから、闇が広がった。
闇はたちまち『天翼の浮遊城』を包みこみ、巨大な球状の空間を形成した。
帝国の国土の上に浮かぶそれはまるで、暗黒の月。
暗闇に包まれたので、レゼルは自身からあふれだす光であたりを照らした。
……呼吸をするだけで苦しい。
それに、肌も突き刺されるように痛む。
『静けさの闇』で構築された空間。
だが、生身の人間がこの空間に入れば、たちどころに生命活動を強制停止させられてしまうことだろう。
『これは……』
『この空間は、『闇の帳』だ。
このなかで戦えば、その衝撃は無限の闇に吸いこまれ、外に漏れることはない。
貴様も思う存分戦えるというものだろう』
『……!』
レゼルは、デスアシュテルの声を聞いているだけでくらくらとめまいがして、頭痛を覚えた。
――『邪夜の神託』。
闇の龍神がもつ声のちからのひとつ。
デスアシュテルは人間の心を読むことはできても、それを理解することができない。
正確には、神には人間の心を理解する気すら起こらないのだ。
だが、『心を読む』などと生やさしい行為は不要。
心が弱い下等な人間ならば、その声ひとつで自由自在に操ることが可能。
さらに心が貧弱な者ならば、名を呼ぶだけで闇に包みこみ、消滅させることまで可能なのだ。
レゼルは自身を支配しようとする声を振りはらおうとするように、首をぶんぶんと横に振った。
『わざわざおあつらえむきの舞台を用意してくださって光栄ですわ。
ならばお望みのとおり、全力で挑んでさしあげましょう!』
レゼルは、エウロと『和奏』のひびきをもって『共鳴』した。
高く清澄な音……。
いや、彼女の新たな『共鳴音』は聞く人に、世界の隅々まで照らしだす星々の煌めきを思わせた。
レゼルはたなびく流星の輝きとともに、デスアシュテルへと斬りかかる!
『星雲花』!!
それはかつて、『風輪花』として彼女が愛用していた技。
しかし今は星々の輝きをともない、夜空で渦巻く星雲のように、その花弁を広げていた。
初撃からして、世界を覆う闇をかき消す、あまねく光の一撃。
だが、しかし――!
『ふん、ゼトレルミエルのちからを得たくらいでつけあがるでないわ!』
デスアシュテルも自身の周囲に闇の渦を発生させた。
闇の渦は光の渦とぶつかりあい、相殺して、彼はなんなくその一撃を受けとめてみせた。
刹那に繰りひろげられる光と闇のせめぎあい。
彼女らが一撃剣を交えるたびに、世界を揺るがすほどの衝撃が走る。
『闇の帳』のなかで起こるそれはまさしく、創世の神どうしの戦いであった。
※『邪夜の神託』は、『絶対服従の声』や『蠱惑の声』に似た強力な能力ですが、心が弱い人間が対象となる点で異なります。
コトハリの『蠱惑の声』も回数制限はありませんが、自分より格下の相手にしか効きません。
幻神状態のコトハリとシュバイツァーが戦っていた場合、コトハリの命令は気迫でうち破られていた可能性があります。
ミカエリスの『絶対服従の声』は同じ相手に一度しか効果がありませんが、格上の相手にも有効です。
ただし、デスアシュテルなど、神格に属する者にはやはり効果が及ばないようです。
※渦巻く星雲……星雲とは、宇宙空間にただよう、重力的にまとまりをもった宇宙塵や星間ガスなどから成る天体のことです。
では、なぜ星雲や銀河は渦を巻くのでしょうか?
『銀河』と『星雲』は厳密に言えば定義の異なる言葉ですが
(『銀河』は太陽系のある銀河系(天の川銀河)の外にある天体のことであり、正しくは銀河系外星雲(系外星雲)と呼ぶ)
星が集まる過程でガスは円盤を作り、そのなかでさらに星が生まれます。
この円盤のそばを小さな銀河が通過すると、その重力の影響で円盤のなかに渦巻き状の構造が生まれるのだそうです。
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