第275話 世界戦争
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ついに始まった、世界を二分する戦い。
帝国軍八十万騎に対するのは、連合国軍五十万騎である。
世界各国がちからを合わせても、帝国とはそれだけの戦力の差があった。
連合軍が勝つためには、単純計算で味方五騎あたり敵八騎以上を倒せばよい。
しかし、物事はそう単純ではない。
まず、第一に。
なんの遮蔽物もない、広大な草原での戦い。
龍が自由に飛びかう空中での戦いにおいて、数の差は圧倒的な優位をもたらす。
平面の戦いでは八方を囲まれることになるが、空間での戦いではさらに上下の斜めまで加わり、攻める方向は無数にあると言ってよい。
それだけ逃げる方向もあり、包囲するのに人数を要するとも言えるのだが、三十万という数の差はその困難を実現するだけの戦術的選択肢の幅を生みだすのである。
第二に、帝国兵の質の高さ。
個々の兵士の強さが、他国とは段違いなのである。
『神聖軍事帝国』ヴァレングライヒ。
その名に恥じぬほどに兵士の錬度は高く、帝国軍の訓練は世界一過酷であることが知られている。
個人の戦闘力が高いのはもとより、軍としての動きも非常に統率がとれている。
……まともに考えれば、勝つのは帝国軍。
それも、完膚なきほどまでの圧勝である。
しかし、連合国軍の快進撃には目を瞠るものがあった。
その先駆けとなったのは、賢王クルクロイ率いるファルウル王国軍である。
クルクロイは龍に乗って空を駆けながら、かつての戦いへと思いを馳せていた。
「十年前、我が国はなすすべもなく敗北した。
だが、今は世界各国の同志たちとともにいる。
……そして、我らが新たなる同胞たちのちからをとくと見よ!!」
ファルウル国軍の後ろに隠されるようにして進んでいたのは、一隻の飛空船。
光沢のある黒い機体に、金の縁取り。
その大きさは山と見紛うほど。
現状、世界最大の飛空船『マクスディナ』である。
かつて帝国で自国の技術力を試すかのように製造され、とある富裕国へと売りはらわらわれた代物。
その巨大飛空船を、ポルタリア商会長であるロブナウトが構築した独自の流通経路を用いて、ファルウル王家が買いとったのである。
マクスディナは護衛していたファルウル王国軍から離れて単身で飛びだすと、アリスラ平原のど真んなかへと突っこんでいった!
「! あの巨大戦艦をとめろ、これ以上帝国陣営に近づけるな!!」
マクスディナの進行を阻もうと、帝国の一部隊が正面に展開する。
しかし、マクスディナの突進の勢いは凄まじく、その巨大な質量も相まって、手のほどこしようがない!
「駄目だ! 機体がデカすぎてとめられん!!」
「この勢い……不時着するぞ!」
「なかに乗ってる人間がどうなってもいいっていうのか!?」
マクスディナはその勢いを落とすことなく、平原へと飛びこむように不時着した!
機体は大地を荒々しく削りながら進み、地面がえぐられていく。
莫大な量の砂煙をあげて、マクスディナがようやくとまったとき。
機体の胴にあたる箇所の蓋がひらき、内部が露わとなった。
……機体の内部を満たしていたのは、氷の結晶体の状態でぎゅうぎゅうに詰めこまれていた『氷銀の狐』たちであった。
狐たちは次々と氷の結晶体から元の姿へと戻り、野に解きはなたれていく!
これにはさすがの帝国兵たちも驚き、うろたえるばかりであった。
「なんだ、この怪物たちは!」
「うわあああああっ!!」
狐たちは閉所に詰めこまれていた鬱憤を晴らすように、縦横無尽に戦場を駆けまわった。
その数は数千匹にも及ぶ。
……ミネスポネは、すべての狐を戦いに駆りだしていたわけではない。
彼女は北の山脈の奥地に、狐たちの隠れ里をつくっていたのだ。
種を絶やさぬよう、若い個体や幼い個体を中心として。
狐たちは大地底湖に眠るエインスレーゲンの冷気を浴び、日々数を増やし、大きく成長しつづけていた。
そしてクルクロイは国を取りもどしたのち、根気強く国民たちを説得し、『氷銀の狐』たちとの関係構築を訴えたのである。
国土を脅かす敵は外にいる。
敵対していた者どうし手と手を取りあって、今こそ外敵と戦うべきときであると!
名君と謳われる彼の切実な訴えに国民たちは心を動かされ、狐たちへの態度を軟化させていった。
賢王の努力の甲斐あり、ファルウル国民と『氷銀の狐』たちは和解。
長年の争いと憎しみの歴史は終止符をうち、『氷銀の狐』はファルウル国民とともに戦う友となった。
そしてこうして、ともに戦場に駆けつけてくれるほどにまでなったのである。
平地で高い戦闘力と機動力を誇る狐たちが、地上から低空にかけての戦いを席巻したことは言うまでもない!
『砂鉱国』ヴュスターデの活躍もめざましかった。
そもそもにして、人口・経済規模ともに世界で有数の大国。
連合国軍においても、その戦力の中核を担っていた。
ヴュスターデ特有の短い湾刀を装備した、シャレイドラ軍とエミントス軍。
彼らの顔つきには、戦うことへの恐怖など見られず、自信に満ちあふれていた。
……帝国の支配が安定していたこの十年間、実戦経験を積んでいた者は意外なほどに少ない。
しかし、ヴュスターデではその社会的背景からほぼ毎日のように紛争が繰りひろげられていた。
命を賭した実戦では、いくら軍事演習を積んでも得られないほどの戦闘経験を得られる。
図らずも戦いの日々を強いられてきたことによって、ヴュスターデ軍は帝国軍に勝るとも劣らないほどの兵士の質を維持しつづけていたのである!
実はシャレイドラとエミントスで武芸の型が微妙に異なるのだが、互いに互いのことは知りつくしている。
両軍は呼吸もぴったり、息のあった連携を見せている。
さらに彼らの背後には、神具の使い手であるルナクスと、『絶対服従の声』のもち主であるミカエリスまで控えているのだ。
ファルウルに、ヴュスターデ。
世界を代表する大国が大活躍していたことは当然だが、連合国軍に参加していた国々のどれもが強国であったわけではない。
むしろ、単体では『弱小国』とも言うべき国々が数多く含まれていた。
しかし、弱小国であるはずの彼らも、驚くほどの戦果をあげていたのであった――!
今回の場面は次回に続きます。
次回投稿は明日の19時に予約投稿の予定です。余裕があれば少し早めに手動投稿します。何とぞよろしくお願いいたします!




